第40話:垂直の処刑台
「……耳がキーンとする。今、何階だ?」
「120階を通過。……速い、このままならあと3分で最上層に着くよ」
白石が操作パネルにケーブルを繋ぎ、流れるデータを監視しながら答える。
俺たちが奪取した業務用リフトは、窓のない鋼鉄の箱だ。凄まじいGを感じながら、俺たちは天空へ向かって射出されていた。
「順調すぎて怖いな」
俺は天井を見上げた。
この閉鎖空間。逃げ場のない「箱」の中。
俺が敵なら、ここで仕掛ける。
「……来るぞ。上だ!」
レンが叫ぶのと同時だった。
天井の鋼鉄が赤熱し、溶断された。
真っ赤な火花と共に、円形に切り取られた天井板が落下してくる。
「うおっ!?」
俺は間一髪でアリスを抱えて飛び退く。
開いた穴から、黒い影が次々と飛び降りてきた。
「排除対象を確認。殲滅する」
無機質な声。
現れたのは、四肢が鋭利なブレードになった特殊型アンドロイドたちだった。
壁や床に爪を立て、重力を無視して張り付いている。その姿は巨大な鉄の蜘蛛のようだ。
「ゲッ、気持ち悪ぃ……! ここは狭すぎて音が反響しちまうぞ!」
レンが舌打ちする。
彼の音響攻撃は広範囲に効くが、この密室で全力を使えば、俺たちの鼓膜まで破裂しかねない。
「相馬くん! ワイヤーが切られる! 奴ら、私たちごと落とす気だ!」
白石の悲鳴。
見れば、天井の穴からさらに上のシャフトで、別のアンドロイドたちがリフトのメインケーブルを切断しようとしているのが見えた。
「上等だ。……レン、お前は中の掃除を頼む! 俺は屋根の上のハエを叩き落とす!」
「無茶だろ! 外に出る気か!?」
「ここで落ちるよりマシだ!」
俺は黒い霧を足に纏わせ、落下してきた天井板を踏み台にして、天井の穴へと飛び出した。
ゴォォォォォッ!!
穴の外は、轟音の世界だった。
猛スピードで上昇する風圧が、ハンマーのように体を叩く。
シャフトの壁面が流れるような速さで過ぎ去っていく。
「ターゲット捕捉。排除スル」
ケーブルに張り付いたアンドロイドたちが、一斉に俺に飛びかかってくる。
ブレードが俺の喉元に迫る。
「邪魔だッ!!」
俺は空中で体を捻り、霧を腕に集束させた。
【虚無・局所放出】。
黒い衝撃波が、アンドロイドたちを壁面ごと吹き飛ばす。
だが、敵の数が多すぎる。
一機を落としても、闇の中から次々と増援が湧いてくる。
そして――
ブツンッ。
嫌な音が響いた。
太いメインケーブルの一本が切断されたのだ。
ガクンッ!! とリフトが大きく傾き、火花が散る。
「きゃあああっ!」
「おい! 傾きすぎて立てねぇぞ!」
中から白石とレンの声が聞こえる。
非常ブレーキがかかるが、火花を散らしながらズルズルと滑り落ちていく。
「くそっ、このままだと……!」
俺は屋根の上で踏ん張り、切れたケーブルを掴もうとした。
だが、その時だ。
シャフトの壁面に書かれた数字が目に入った。
『FLOOR 166』
「……ここだ!」
俺はインカムに向かって叫んだ。
「白石! 非常ドアを開けろ! この階で降りるぞ!」
「えっ!? ここはまだセキュリティゲートの目の前だよ!?」
「箱ごと潰れるよりマシだ! 急げ!」
俺はリフトの屋根を拳で殴りつけた。
衝撃でロックが外れ、シャフト側のメンテナンス扉が強引に開く。
「レン、アリスちゃんを頼む! 飛べ!」
リフトが完全に落下を始める寸前、俺たちはその鉄の棺桶から、166階の通路へと転がり込んだ。
ドガァァァン……!!
遠く下の方で、リフトが激突し爆発する音が響いた。
俺たちは冷たい床の上で肩で息をしながら、顔を見合わせた。
「……ははっ。地獄行きのエレベーターだったな」
「笑い事じゃないよ……死ぬかと思った」
白石が涙目で抗議する。
だが、俺たちは生きていた。
タワーの上層部。
ここからは自分の足で、最後の難所を登らなければならない。




