第39話:バベルの足元
「……頼んだぞ。食料は3日分ある。絶対にここから出るなよ」
俺は市民の代表に釘を刺した。
彼らは不安そうな顔をしていたが、最後には覚悟を決めたように深く頭を下げた。
「あなた方も……どうかご無事で」
背中に彼らの祈りを感じながら、俺たちは廃駅を後にした。
目指すは帝都の中心、セントラルタワー。
その高さ1000メートル。雲を突き抜け、神にでもなったつもりで見下ろす「バベルの塔」だ。
「……ルートは確保したよ。地下搬入路からタワーの基部へ侵入する」
歩きながら、白石がタブレットを操作する。
「タワーの地下は巨大な地熱発電プラントになってるの。そこへ資材を運ぶための無人貨物列車が、5分後に通過する。それに飛び乗るよ」
「無賃乗車か。悪くねぇ」
レンがニヤリと笑う。
俺たちは線路脇の暗がりに身を潜めた。
やがて、重低音と共に巨大な貨物列車が近づいてきた。
コンテナを満載した鋼鉄の塊だ。スピードは速いが、カーブで減速する一瞬がチャンスだ。
「……今だ!」
俺の合図と共に、全員が走り出す。
白石は俺が抱え、レンはアリスを背負って跳躍した。
最後尾のコンテナの梯子に手をかけ、強引によじ登る。
「っぶねぇ……! 落ちるかと思ったぞ」
コンテナの屋根に上がり、レンが荒い息を吐く。
風圧が凄まじい。地下トンネルの中を、列車は猛スピードで疾走していく。
「……近づいてる。すごく嫌な気配」
レンの背中で、アリスが身を縮こまらせた。
彼女の感覚は正確だ。
トンネルの先、漆黒の闇の向こうに、圧倒的な威圧感を放つ巨大な空間が見えてきた。
そこは、タワーの地下基部だった。
広大な地下空間に、無数のパイプとケーブルが張り巡らされ、中央には脈打つように光る巨大な動力炉が鎮座している。
そして、その周囲を固める無数の警備ドローンと、重武装した兵士たち。
「……警備の数が半端じゃないな。アリの這い出る隙間もねぇぞ」
俺は目を細めた。
通常のセンサーに加え、熱探知、振動感知、魔力(異能)探知まで完備されているようだ。
さすがに、ここを素通りするのは骨が折れそうだ。
「相馬くん、列車が止まるよ。……荷下ろしエリアだ」
「ああ。ここからは強行突破だ」
俺は立ち上がり、黒い霧を両手に纏わせた。
隠れるのはここまでだ。
列車がブレーキをかけ、金属音を響かせて停車する。
待ち構えていた警備兵たちが、貨物チェックのために近づいてくる。
「コンテナ番号404、異常な……」
兵士の一人が端末を覗き込んだ瞬間、俺はコンテナの上から飛び降りた。
ドォン!!
着地の衝撃波で兵士たちを吹き飛ばす。
警報が鳴り響く前に、俺は走り出していた。
「敵襲! 敵襲ーッ!!」
「遅ぇよ」
俺は叫ぶ兵士の懐に潜り込み、黒い霧で銃身ごと殴り飛ばした。
同時に、上空から殺到するドローンに向けて、レンが音波カッターを放つ。
「アリス、耳を塞いでろ! ……消えろ雑魚ども!」
カマイタチのような真空の刃が、ドローンの編隊を切り裂き、鉄屑に変えていく。
「エレベーターホールはあっち! 直通のリフトがある!」
白石が指差す方向へ、俺たちは突っ走る。
正面からレーザーの雨が降り注ぐが、全て俺が真正面から受け止め、吸い込み、無効化する。
「どけ! 俺たちは急いでるんだよ!」
俺はまさに「歩く盾」となって道を切り開いた。
タワーの最下層。
ここから最上階まで、1000メートルのデス・クライムが始まる。




