第35話:反逆のファンファーレ
正午。帝都中央広場。
そこは、熱狂と殺意が入り混じった異様な空気に包まれていた。
「――それではこれより、栄えある『選定の儀』を執り行います!」
司会者の高らかな宣言と共に、ファンファーレが鳴り響く。
ステージ上には、手枷をはめられた数十人の市民が並ばされていた。
皆、恐怖に震え、絶望した顔をしている。彼らの背後には、処刑用のアンドロイドたちが冷徹に控えていた。
「おいおい、あれで『栄えある』とか冗談キツイな」
広場の群衆に紛れた俺は、フードを目深に被りながら呟いた。
周囲の市民たちは、これから行われる虐殺をエンターテインメントのように待ちわびている。狂気だ。
『……相馬くん、準備できたよ』
インカムから白石の声が聞こえる。
彼女は少し離れたビルの屋上から、広場全体のシステムを掌握している。
『アリスちゃんも、安全な場所に隠れた。……いつでもいける』
「了解。レン、そっちは?」
『ああ、いつでもいいぜ。……このクソみてぇな歓声、全部ミュートにしてやりたくてウズウズしてる』
レンは反対側のステージ袖に潜んでいるはずだ。
ステージ上では、代表者が読み上げられていた。
「彼らは社会の進歩を阻害する不適合因子です。慈悲ある我々は、彼らを『浄化』し、そのエネルギーを都市へと還元します!」
アンドロイドたちが武器を構える。
処刑の合図だ。
群衆の興奮が最高潮に達する。
「……悪いな。そのチャンネル、変えさせてもらう」
俺は地面を蹴った。
群衆の頭上を飛び越え、黒い弾丸となってステージの中央へと着地する。
ドォォォン!!
着地の衝撃でステージが割れ、土煙が舞い上がる。
突然の乱入者に、会場が静まり返った。
「な、何者だ貴様は!?」
司会者が裏返った声で叫ぶ。
俺はゆっくりと顔を上げ、フードを脱ぎ捨てた。
「……ただのゴミ掃除だ。お前らみたいな『粗大ゴミ』を処分しに来たんだよ」
俺の体から、【虚無】の霧が爆発的に膨れ上がった。
アンドロイドたちが一斉に俺に照準を合わせる。レーザーライフルが火を噴く。
だが、その光線は俺に届く直前でねじ曲がり、黒い霧の中に吸い込まれて消えた。
「は……?」
「攻撃だけじゃない」
俺は右手を掲げた。
霧が広場全体を覆うドーム状に展開される。
「レン、やれ!」
『おうよ!』
レンがステージ袖から飛び出し、スピーカーに手を触れた。
【静寂の断絶・逆位相】。
キィィィィィィン!!
会場の大音量スピーカーから、耳をつんざくようなハウリング音が鳴り響いた。
ただし、それはただの音ではない。
俺たちの霧と共鳴し、アンドロイドの電子回路だけを焼き切る特殊な周波数だ。
バババババッ!
処刑用アンドロイドたちが次々とショートし、火花を散らして倒れていく。
さらに、白石のハッキングが発動した。
『……チャンネル、ジャック完了』
広場の巨大ビジョン。
そこに映っていた「適性検査」の宣伝映像が消え、ノイズと共に『ERROR』の文字が赤く浮かび上がった。
「さあ、ショーの時間だ」
俺は呆然とする司会者の胸ぐらを掴み、マイクを奪い取った。
「帝都の皆々様、聞こえるか? 今日からこの街の『不燃ゴミ』は――俺たちが全部引き受ける」
俺の宣言と共に、帝都の支配に泥を塗る、最初の大暴動が幕を開けた。




