第34話:路地裏の不協和音
俺たちは、帝都の最下層――かつての工業区画だった廃墟エリアに装甲車を隠した。
上層の煌びやかなネオンとは対照的に、ここは湿ったコンクリートと錆びた鉄の臭いが充満している。
「……最悪だ。ここの空気、振動してる」
車から降りた瞬間、レンが吐き捨てるように言い、ヘッドホンを強く押し当てた。
彼の顔色は蒼白だ。
「振動?」
「ああ。街全体から常に低い周波数のノイズが出てる。たぶん、市民の精神状態を安定させるためのサブリミナル信号か何かだ。……俺には耳鳴りが止まない拷問部屋だけどな」
レンの【聴覚過敏】が、この街の異常な「管理システム」を捉えていた。
誰もが笑顔で、誰もが従順な理由。それは教育だけでなく、物理的な干渉によるものかもしれない。
「アリスちゃんも、辛そう」
白石が心配そうにアリスの背中をさする。
アリスは俺のコートの裾を握りしめ、ガタガタと震えていた。
「……声がいっぱい。みんな、何かが欲しいって叫んでる。『もっと力が欲しい』『認められたい』『捨てられたくない』……。頭が割れそう」
彼女の【受信】能力が、上層から降り注ぐ何百万人の欲望を拾ってしまっているのだ。
「……結界を張る。少しはマシになるはずだ」
俺は二人の肩に手を置いた。
【虚無・展開】。
俺の周囲数メートルに、外部からの干渉を無効化する「空白の領域」を作り出す。
レンの表情がふっと緩み、アリスの呼吸が整った。
「……助かる。やっぱりお前の側が一番静かだ」
「一生離れない……」
二人が俺に寄りかかってくる。
やれやれ、これじゃ身動きが取れないな。
「さて、まずは情報収集だ。白石、この街のネットワークには入れそうか?」
俺が尋ねると、白石は膝上のラップトップを開き、高速でキーを叩き始めた。
「……うん、入れた。表向きのニュースだけじゃなくて、裏の通信ログも拾ってみる」
数秒後、彼女の手が止まり、画面を俺に向けた。
「これ、見て。今日の正午から、中央広場で『選定の儀』っていうイベントがあるみたい」
「選定の儀?」
「建前は、優れた才能を持つ市民を表彰する式典。でも、裏のデータを見ると……『不適合者の公開処分』ってコードネームが振られてる」
空気が凍りついた。
公開処分。見せしめか。
「……ターゲットのリストはあるか?」
「待って。……あ、これ」
表示されたリストを見て、俺は眉をひそめた。
そこには、無作為に選ばれた市民の名前が並んでいた。
能力レベルが低い者、身体に欠損がある者、あるいは単に組織の思想に従わなかった者たち。
理由は様々だが、共通しているのは一つ。
組織にとって「不要」と判断された人間たちだ。
「……ふざけやがって」
レンが低い声で唸る。
「自分たちの都合で勝手に値段をつけて、気に入らなけりゃ廃棄処分かよ。やってることが変わってねぇな、こいつらは」
俺の中で、静かな怒りが黒い霧となって渦巻くのを感じた。
かつて俺もそうだった。
「何もない」「空っぽだ」と蔑まれ、社会から弾き出された。
このリストに載っている連中は、過去の俺たちそのものだ。
「決まりだな」
俺は全員を見渡した。
アリスも、もう震えていない。俺の怒りを感じ取り、強く頷いている。
「帝都観光の最初の予定だ。そのふざけたゴミ掃除、俺たちがぶち壊す」
俺たちの潜伏は終わりだ。
ここからは、この虚飾の都に風穴を開けるための戦争が始まる。




