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第32話:ゴースト・ハック

「……信じていいんだな、リーダー」


レンがニヤリと笑う。

彼はヘッドホンを首にかけ直し、両手の指関節をポキポキと鳴らした。


「アリス! 俺に『タイミング』を教えろ! あいつのコアが動く瞬間だ!」

『……うん! お兄ちゃん、今!!』


アリスの声と同時に、レンが跳んだ。

ロボットが迎撃態勢を取る。

だが、レンは攻撃しなかった。彼は両手を地面に突き刺した。


「響けェエエエッ!! 『強制共振アース・シェイク』!!」


レンが流し込んだ振動が、床のコンクリートを伝い、ロボットの足元へ走る。

攻撃ではない。ロボットの姿勢制御センサーを狂わせるための、微細かつ強烈なジャミング。

ロボットがバランスを崩し、一瞬だけ動きが止まる。


「行けぇっ、相馬ァ!!」


俺は走った。

最短距離。一直線。

ロボットが体勢を立て直し、俺に照準を合わせる。

だが遅い。


「見えたぜ……お前の『魂(OS)』が!!」


俺はロボットの顔面――メインカメラの部分に手を叩きつけた。

吸い込むイメージを変える。

相手は生物じゃない。

この機械を動かしている「プログラムという名の呪い」だ。


(入れ……! 蔵木の歪んだ欲望も、命令コードも、全部俺が引き受けてやる!!)


ズズズズズッ……!!


入ってきた。

人間のような感情の味じゃない。

冷たく、鋭く、そして味気ない「0と1」の羅列。

だが、その根底には確かに、蔵木の『思い通りに動かしたい』『完璧な作品であれ』という強烈な「完璧主義コンプレックス」がこびりついている。


「警告……システム……エラー……コマンド喪失……」


ロボットの動きがガクガクと震え出す。

俺は構わず吸い続ける。

命令(殺意)を抜かれた兵器は、ただの鉄の塊だ。


「……返却リターンだ、ポンコツ」


俺は吸い上げた「制御プログラム」を、自分の中でグチャグチャに混ぜ合わせ、「暴走データ」として逆流させた。


「自分自身の『完璧さ』に潰れろッ!!」


バヂィィィンッ!!


ロボットの全身から火花が散る。

過剰な演算負荷。矛盾した命令コード。

完璧を求めすぎたシステムが、自己矛盾パラドックスを起こしてショートしたのだ。


ドォォォン……


巨人が膝をつき、そしてうつ伏せに倒れ込んだ。

駆動音が消え、完全に沈黙する。


『ば、馬鹿な……私の最高傑作が……機械の精神ソフトに干渉しただと!?』


スピーカーから、蔵木の焦燥した声が聞こえる。

俺は荒い息を吐きながら、監視カメラを見上げた。


「……学習しろよ、蔵木」

「俺は『何もない』んだ。……だから、形のない『命令』や『想い』でさえも、吸い取れるんだよ」


俺は倒れたロボットを踏み台にして、宣言した。


「次はお前だ。……その機械の体ごと、魂まで洗濯してやるから待ってろ」


『……おのれ、検体ゼロ……!!』


通信が切れた。

同時に、研究所全体が赤く明滅し始める。

自爆シーケンスだ。証拠隠滅の常套手段。


「……逃げるぞ! 白石、走れるか?」

「う、うん……なんとか」

「レン、アリスを頼む!」


俺たちは崩壊し始めた地下施設を駆け抜けた。

背後で爆炎が迫る。

だが、俺のポケットの中にある「ぬいぐるみ」の温かさが、俺の足を前へと動かしていた。


母さんがくれた「虚無」。

それは何も持たない弱さじゃない。

どんな悪意も、機械の命令さえも受け入れ、無効化できる「無限の許容量」。

最強の守りの力。


俺たちは地上へ飛び出した。

装甲車に乗り込み、爆発する廃墟を背にアクセルを踏み込む。


車窓の後ろで、俺の「故郷」だった場所が灰になって消えていく。

だが、俺の中にはもう、空虚な穴だけじゃない。

母さんの記憶と、仲間との絆、そして「自分の能力への確信」が満ちていた。


「……次はどこへ行く?」


助手席の白石が、少しすすけた顔で笑う。

俺はハンドルを握り直し、真っ直ぐな道を見据えた。


「組織の本拠地だ。……この国の中心、『帝都』へ」


俺たちの旅は、最終章へと加速していく。

コンプレックスを武器にした、世直しならぬ「自分直し」の戦いへ。

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