第31話:心なき執行者
「――排除を開始する」
機械音声と共に、黒い装甲の巨人が動いた。
速い。
重厚な見た目に反して、関節部から高圧ガスを噴射し、スラスター移動で一気に距離を詰めてくる。
「チッ、図体がデカい割にすばしっこいな!」
レンが両手を叩き合わせる。
バヂンッ!!
指向性の衝撃波がロボットの胸部を直撃する。
だが、装甲表面が微細に振動し、衝撃を拡散させた。
「……『対振動コーティング』かよ。俺の能力も対策済みってわけか!」
「アリス、隠れてろ! 白石、サポートだ!」
俺は叫びながら、ロボットの死角へ回り込む。
白石が姿を消し、ロボットのカメラアイ(目)に布を被せようと跳躍する。
しかし、
ウィィン――ガシャンッ!
ロボットの背部からサブアームが飛び出し、見えないはずの白石を正確に迎撃した。
「きゃあっ!?」
「白石ッ!」
白石が壁に叩きつけられる。
カメラじゃない。こいつは空間の空気抵抗や振動を全方位レーダーで感知している。
生命体としての「隙」がない。
「……クソッ、なら俺が直接吸い取るしかねぇ!」
俺はロボットの懐に飛び込んだ。
鋼鉄の腕が振り下ろされる。俺はそれを紙一重でかわし、そのボディに掌を押し付けた。
「動くな……! お前の動力、全部いただきだ!」
俺は「虚無」を発動する。
だが。
(……え?)
何も入ってこない。
いつものような、ドロリとした感情の流れがない。
そこにあるのは、無機質な電気信号と、冷たいプログラムの羅列だけ。
「吸い口」が見つからない。ストローをコンクリートに突き立てているような感覚だ。
「警告。不正アクセスを検知」
ロボットの胸部が開き、赤い光が漏れ出す。
至近距離からの熱線砲。
「しまっ――」
ドゴォッ!!
直撃の寸前、横からレンが俺を突き飛ばした。
熱線が俺の残像を焼き、壁を溶解させる。
「ボケっとしてんじゃねぇ! 吸えなかったのか!?」
「ダメだ……こいつには『心』がない! 俺の能力は、感情がない相手には通じない!」
最悪の相性だ。
俺の「虚無」は、相手の「過剰なエゴ」を受け入れることで成立する。
エゴを持たない完全な機械相手には、俺はただの無力な高校生でしかない。
『ハハハ! 気づいたかね? 君の「虚無」は対人戦に特化した能力だ。……純粋な物理質量には無力だよ』
スピーカーから蔵木の声が響く。
ロボットが再び構える。
レンは肩で息をしている。白石はダメージを負って動けない。アリスは怯えている。
万事休すか。
俺はポケットの中の「ぬいぐるみ」を握りしめた。
母さんが遺した、唯一の記憶。
そこから伝わってくる、温かい想い。
(……待てよ)
俺はハッとした。
このぬいぐるみは、ただの布と綿だ。心なんてない。
なのに、どうして俺はここから「母さんの感情」を感じ取れる?
それは、母さんが強い想いを込めたからだ。
物質そのものに心がなくても、そこに「込められた念」は残る。
なら、目の前の鉄クズはどうだ?
こいつを作ったのは誰だ?
こいつに「殺せ」と命令しているのは誰だ?
(……蔵木。てめえの執念だろ)
俺は顔を上げた。
見えた。
ロボットの冷たい装甲の奥、電子回路の深層にへばりつく、ドス黒いヘドロのような影が。
それは機械の心じゃない。開発者(蔵木)の、完璧な兵器を作りたいという「支配欲」と「加虐心」だ。
「……レン。あと一回だ」
俺は立ち上がった。
「あと一回だけ、あいつの動きを止めてくれ。……今度は、本当に『中身』をくり抜いてやる」




