第29話:ステルス・ワゴン
国道を外れ、寂れた山道へ。
朝日が差し込む中、俺たちの車は快走していた。
「ねえ、相馬くん。この車、目立ちすぎない?」
助手席の白石が不安そうに言う。
確かに、真っ黒な装甲車は異様だ。検問があったら一発でアウトだろう。
「そこで、お前の出番だろ」
「えっ?」
「この車ごと『消せ』るか?」
無茶振りだとは分かっている。
だが、白石は少し考えた後、「……やってみる」と小さく頷いた。
彼女はダッシュボードに両手を置き、目を閉じた。
意識を拡張する。
「私」という認識を、この鉄の塊全体にまで広げるイメージ。
(……見ないで。誰も、この車に気づかないで……)
フワッ、と空気が揺らいだ。
外から見れば、俺たちの車は景色に溶け込み、あたかも「最初からそこには何もなかった」かのように認識されなくなる。
対向車とすれ違っても、ドライバーは俺たちの車を無意識に避け、記憶にも残さない。
「すげぇな。……幽霊船ならぬ幽霊車だ」
「……つ、疲れるこれ。相馬くん、定期的に私の『疲れ』吸ってよね」
「了解。ガソリンスタンド代わりだな」
後部座席では、レンがアリスに膝枕をしながら、窓の外を見ていた。
「おい相馬。その『第0実験区画』ってのは、どこにあるんだ」
「ここから北へ200キロ。……10年前に起きた大規模火災で封鎖された、旧市街の工業地帯だ」
俺は端末の地図を確認しながら答える。
「表向きは火災事故ってことになってるが……十中八九、組織が証拠隠滅のために燃やしたんだろうな」
「テメェが『廃棄』されたタイミングで、か」
レンの言葉に、俺はハンドルを握る手に力を込めた。
俺には記憶がない。
親の顔も、どんな実験を受けたのかも。
覚えているのは、燃え盛る炎と、誰かに手を引かれて走った感覚だけ。
『……相馬お兄ちゃん』
アリスが起きて、バックミラー越しに俺を見た。
『……怖い音がする?』
「いや……懐かしい音がする気がするんだ」
俺は前を見据えた。
「俺の中に『何もない』理由。……それが分かれば、このふざけた体質の治し方も分かるかもしれない」
「治ったら、相馬くんはどうなるの?」
白石がふと尋ねてきた。
「普通の人間に戻るのか、それとも……」
「さあな。だが、少なくとも『他人のゲロ』を食わされる生活からはおさらばしたいね」
軽口を叩きながらも、俺たちは予感していた。
その場所に待っているのは、感動の再会なんかじゃない。
もっと残酷で、ドロドロとした真実だろうと。
「……見えてきたぞ」
数時間後。
峠を越えた俺たちの目の前に、有刺鉄線とバリケードで封鎖されたゴーストタウンが姿を現した。
焼け焦げたビル群。崩れ落ちた工場。
そして、その中心にそびえ立つ、奇妙な形をした白い塔。
「あそこだ」
俺の「虚無」が疼く。
共鳴している。あそこには、俺と同じ「空っぽ」の匂いがする。
「……ようこそ、俺の故郷(ゴミ捨て場)へ」
車はバリケードを(白石の能力で認識をごまかしつつ)突破し、灰色の街へと侵入していった。




