第27話:イレギュラー・ゼロ
俺たちは、気絶したリーダー(アルファと呼ぼう)を椅子に縛り付け、水をかけて目を覚まさせた。
他の二人はレンが縛り上げ、部屋の隅に転がしてある。
「……ッ」
アルファが目を開け、状況を理解して顔を歪める。
プライドの高いエリート様にとって、俺たちのような「欠陥品」に負けた事実は屈辱だろう。
「単刀直入に聞くぞ」
俺はアルファの前にしゃがみ込んだ。
「お前ら『組織』の本拠地はどこだ? それと、アリスを使って何をしようとしていた?」
アルファは冷笑を浮かべ、口を閉ざす。
だが、俺が手をかざし、彼の『恐怖心』を少しだけ刺激する素振りを見せると、顔色が青ざめた。
「……言っても無駄だ。我々の拠点は移動する。それに、計画はもう最終段階に入っている」
「計画だと?」
「『全人類コンプレックス覚醒計画』……と言えば分かりやすいか?」
アルファが狂信的な目つきで語り出す。
「人は欠落を抱えることで進化する。増幅剤を散布し、全ての人類を『能力者』へと強制進化させる。……弱い自我しか持たない者は淘汰され、強靭なエゴを持つ者だけが生き残る新世界だ」
「……イカれてんな」
レンが吐き捨てる。
街中がファントムだらけになる地獄絵図。それが奴らの理想郷か。
「だが、計算外だったよ。……相馬カケル、君の存在だけが」
アルファが俺を睨みつける。
「なぜ俺が?」
「……君は『データにない』んじゃない。『削除された』んだ」
「は?」
「10年前の初期実験。……『被検体ゼロ』。あらゆる感情を受け付けず、全てを無に帰す失敗作。……廃棄されたはずの君が、なぜ生きている?」
被検体ゼロ。
10年前。
俺の記憶の奥底にある、白い部屋と、消毒液の匂いがフラッシュバックする。
そうだ。俺には、幼少期の記憶が曖昧な部分がある。
両親の顔もよく思い出せない。
それはただの「忘却」じゃなかったのか?
「……俺が、失敗作?」
「そうだ。君はただの穴だ。……だが、その穴が今、我々の計画を飲み込もうとしている」
「……組織は君を逃さない。最強の『処刑人』たちが動くぞ」
アルファはそこで言葉を切ると、奥歯を強く噛み締めた。
ガリッ、と嫌な音がした。
毒だ。奥歯に仕込んだ自決用の毒。
「おい、待てッ!!」
俺が顎を掴んだ時には遅かった。
アルファは白目を剥き、痙攣して息絶えた。
完璧主義者らしい、潔すぎる最期だった。
「……クソッ、肝心なことを!」
俺はアルファの襟を掴んだまま、拳を震わせた。
俺が「作られた存在」?
この「空っぽ」は、生まれつきじゃなくて、実験の結果なのか?
「相馬くん……」
白石が俺の背中に手を添える。
レンも、何も言わずに俺を見ている。
アリスだけが、悲しそうな顔で俺の「心の音(無音)」を聞いていた。
「……上等だよ」
俺は立ち上がった。
迷っている暇はない。向こうが俺を「消し損ねた失敗作」と呼ぶなら、その失敗作がシステムをぶっ壊すバグになってやるまでだ。
「行くぞ。……俺の『過去』と、このふざけた計画の『未来』。どっちも清算しにな」
俺たちは廃墟を後にした。
組織の追撃は激化するだろう。
だが、もう怖くはない。
俺の中にある「空洞」は、もはや弱点ではなく、世界を飲み込むための最大の武器なのだから。




