第26話:ゼロの解法
俺の指が、リーダーの首筋に触れた。
「――チェックメイトだ、完璧主義者」
「ひっ、あ……!?」
リーダーが悲鳴を上げる。
物理的な痛みではない。俺の「虚無」が、彼の精神的支柱である『予知演算』と、その根底にある『失敗への病的恐怖』を根こそぎ吸い上げ始めたからだ。
(……うわ、なんだこれ)
俺の脳内に、冷たく硬質なデータが雪崩れ込んでくる。
『角度修正』『変数確認』『失敗率0.001%』『怖い怖い間違えたくない』――。
息が詰まるような強迫観念。
こいつ、こんながんじがらめの思考で生きていたのか。
「ガ、アア……計算が……未来が、見えない……ッ!!」
リーダーの目から「確信」の光が消える。
今の彼は、ただの「先の見えない未来に怯える男」だ。
彼はガクガクと震え、赤子のようになって崩れ落ちた。
「……悪いな。お前の『完璧』、没収だ」
俺はリーダーから奪った警棒を拾い上げた。
頭が異常に冴えている。
視界に入る全ての物体に「ベクトル」と「確率」の数値が浮かんで見える。
これが奴の能力の残滓――『演算モード』か。
俺はクルリと振り返り、部屋の反対側を見た。
そこでは、ワイヤーで白石を拘束している「第三の目」の男が、レンの攻撃に気を取られて隙を見せていた。
距離15メートル。障害物は瓦礫と粉塵。
普通に投げれば当たらない。
だが、今の俺には「正解」のルートが見えている。
「白石、首を右に3センチ傾けろ」
俺は呟き、警棒をフルスイングで投擲した。
ヒュンッ!!
警棒は回転しながら瓦礫の隙間を縫い、壁にバウンドし、あり得ない軌道を描いて――
バチィッ!!
「ぐあっ!?」
ガンマの手首に直撃した。
電流が走り、ワイヤーを握る手が麻痺して緩む。
「今だ、白石!」
「……うんッ!」
拘束が解けた白石は、即座に姿を消した。
ガンマが慌てて第三の目を見開く。
「くそっ、どこだ! 熱源を探知……いや、ノイズが多い!?」
レンが暴れたせいで舞い上がった熱風と粉塵が、センサーを撹乱している。
普段ならそれでも見つけられたはずだ。
だが、仲間(リーダーと巨漢)が倒されたことで、ガンマの中の『猜疑心』が暴走し始めている。
「どこだ、どこだどこだ……! 俺の後ろか!? 上か!?」
見えない敵への恐怖。
そこへ、何もない空間から、冷ややかな声が囁かれた。
「……あなたいつも、『見えすぎてる』んじゃない?」
ガンマの背後。
白石の声だ。
「だから……本当の『死角』が分からないのよ」
「ヒッ――」
ガンマが振り返るより早く、透明な一撃――白石が拾った瓦礫の一撃が、彼の「第三の目(額)」を強打した。
「ぎゃあああッ! 目が、目がぁぁぁッ!!」
最大の武器であり急所である目を潰され、ガンマがのたうち回る。
そこへ、レンがトドメの一撃を叩き込んだ。
「うるせぇよ。……寝てろ」
ドンッ。
衝撃波がガンマを壁に縫い付け、意識を刈り取った。
静寂が戻る。
立っているのは、俺たちだけだ。
「……はぁ、はぁ」
俺はその場に座り込んだ。
頭が痛い。他人の「完璧」なんて維持するのは疲れる。
演算モードが解除され、いつものボンヤリとした視界が戻ってくる。
「相馬くん!」
「テメェ、最後のアレ……何だあの神業は」
白石とレンが駆け寄ってくる。
俺は苦笑して、気絶しているリーダーを指差した。
「こいつからの借り物だよ。……性格が悪くなりそうだから、もう二度と御免だがな」




