第25話:計算外の虚無
(……やばいな)
俺は冷や汗を流しながら、リーダーと対峙していた。
レンは壁に埋まって動かない。白石はワイヤーで拘束されている。アリスは部屋の隅で震えている。
俺一人で、この状況をひっくり返せるか?
「君の筋肉の動き、視線の配り方……そこから算出される次の行動確率は、右への回避が80%、正面突破が20%」
リーダーが淡々と語る。
彼の能力は【決定論的予測】。
極度の「潔癖・完璧主義(失敗への恐怖)」が極まり、未来の変数をすべて計算しないと気が済まない、予知に近い予測能力だ。
「さあ、証明しようか」
リーダーが踏み込む。
俺は反射的に右へ――動こうとして、止めた。
読まれているなら、動けば当たる。
「――っ!」
俺はあえて、その場に棒立ちになった。
リーダーの警棒が、俺の右横――回避するはずだった空間――を薙ぎ払う。
空振りだ。
「……ほう?」
リーダーが眉をひそめる。
「『回避しない』という選択肢は0.5%以下だったはずだが。……恐怖で足がすくんだか?」
「いいや。……俺には『自分』がないんでな」
俺は「虚無」の霧を手に纏わせる。
「確固たる自我がないから、行動に癖もへったくれもねぇんだよ。」
俺はリーダーの懐に飛び込んだ。
吸収の間合いだ。触れれば俺の勝ち。
「甘い」
リーダーは俺の動きを見てから反応したのではない。
俺が飛び込む軌道に、あらかじめ左手を置いていた。
バヂヂッ!!
「がアッ!?」
スタンガンのような電撃が俺を襲う。
リーダーの手袋には、電流を流すギミックが仕込まれていた。
「予測が外れたなら、修正すればいいだけだ。……身体能力は並以下だな」
俺は膝をつく。
物理的なスペック差がありすぎる。能力を使う以前の問題だ。
「終わりだ。……君はここで廃棄する」
リーダーが警棒を振り上げる。
俺の意識が飛びかける。
アリスの悲鳴が聞こえる。
(……くそ、ここまでか)
何もできずに終わるのか?
せっかく見つけた居場所も、仲間も、全部守れずに?
『……相馬お兄ちゃん』
脳内に、声が響いた。
アリスの声じゃない。もっと直接的な、受信した「思考」の波。
『……聞こえる? 左の壁。……レンお兄ちゃんの音が、限界まで圧縮されてる』
アリスだ。
彼女は震えながらも、能力を使って俺に「戦場の音」を伝えてきている。
『……3秒後。……爆発する』
3秒後。
俺はリーダーを見た。
こいつは「未来」を計算している。だが、それはあくまで「目に見える変数」からの計算だ。
壁に埋まって死んだふりをしているレンの、心臓の鼓動までは計算に入っていない。
「……へへ」
俺は血の混じった唾を吐き捨て、ニヤリと笑った。
「何がおかしい」
「いや……お前の計算、致命的なミスがあるぞって思ってな」
「何?」
「今の俺には、うるさい『おまけ』がついてるんだよ!!」
俺は全力で横に転がった。
「――今だ、レンッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
壁が内側から破裂した。
瓦礫と共に飛び出してきたのは、全身から血を流しながらも、瞳をギラつかせたレンだ。
「テメェら……俺が寝てると思って油断したなぁぁッ!!」
レンの両手が、リーダーではなく――巨漢の男(タンク役)に向けられる。
一番厄介な「盾」を先に潰す判断。
「あいつの『吸収』には限度がある! 一点突破なら耐えきれねぇはずだ!」
レンが、自分の喉元に指を当てる。
放つのは衝撃波じゃない。
超高周波の「音の刃」。
「食らえ、『ハウリング・カッター』!!」
キィィィィンッ!!
耳をつんざく高音が、一直線に巨漢へと走る。
巨漢がニヤリと笑って受け止めようとするが――
「ぐ、オォッ!?」
衝撃ではない。切断力を持った音波。
巨漢の皮膚が裂け、鮮血が噴き出す。
痛みはある。だが、筋肉で受け止める前に「切れる」攻撃には、耐久力など意味をなさない。
「ベータ!?」
リーダーが驚愕に目を見開く。
その一瞬の隙。
俺にとっての「勝機」だ。
「よそ見してる暇はねぇぞ、計算機!」
俺はリーダーの背後に回り込み、その首筋に手を伸ばした。
さっきの電撃の痺れは、意地で無視する。
「その『完璧主義』……俺が汚してやるよ!」
俺の指が、リーダーの肌に触れた。




