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第20話:スクラップ・アンド・ビルド

逃亡生活3日目。

俺たちが辿り着いたのは、海沿いの崖に立つ廃墟だった。

かつてはラジオの中継局だったらしい、錆びついた鉄塔とコンクリートの塊。


「……ここなら、誰も来ねぇな」


レンがヘッドホンを少しずらして、潮風の音を聞いている。

周囲数キロに民家はない。彼にとっての「不快なノイズ(生活音)」が極限まで少ない場所だ。


「セキュリティも完璧だよ。電波は死んでるし、私の能力で見張ればネズミ一匹通さない」


白石がコンクリートの壁を撫でながら言う。

問題は、中がゴミと埃まみれだということだが。


「よし、やるか。『大掃除』だ」


俺は腕まくりをした。

今の俺たちには金もなければ、業者を呼ぶ身分でもない。

あるのは、社会からはじき出された「欠落能力コンプレックス」だけだ。


「レン、発電機は動くか?」

「接触が悪ぃな。……錆び付いてやがる」


レンが発電機のボディに手を当てる。


「……起きろよ、ポンコツ」


彼が指先に微細な振動を送る。

錆びついて固着していたギアや接触不良の端子が、振動によって強制的に「噛み合わ」される。

ブルルンッ! と唸りを上げて、発電機が息を吹き返した。


「よし。電気は確保だ」

「便利だな、お前の貧乏ゆすりバイブレーション

精密動作チューニングって言え」


次は俺の番だ。

俺は部屋の隅に山積みになった、腐った木材や粗大ゴミの前に立つ。

普通なら運び出すだけで日が暮れる量だ。


「……ふぅ」


俺は「虚無」の口を開く。

対象はゴミそのものではない。ゴミに染み付いた「廃棄された悲しみ」や「無用の長物としての概念」だ。

俺の能力は、物質そのものを消すことはできないが、劣化や腐敗といった「負の状態」を吸い取ることで、ボロボロの物体を少しだけ「マシな状態」に戻したり、あるいは風化させて砂に還すことができる。


俺は今回は「風化」を選んだ。

掌から黒い霧を出し、ゴミ山を包み込む。


「……土に還れ」


ボロボロと音を立てて、粗大ゴミが乾燥した砂埃へと変わっていく。

体積が十分の一以下になった。これなら箒で掃き出せる。


「相馬くん、凄い……けど、地味だね」

「うるさい。掃除機役には感謝しろよ」


白石がクスクス笑いながら、雑巾掛けを始める。

彼女は姿を消して天井の隅や配管の裏まで入り込み、あっという間に磨き上げていく。


夕方になる頃には、廃墟は「住める場所」へと生まれ変わっていた。

薄暗い部屋に、裸電球の暖かい明かりが灯る。


「……悪くねぇな」


レンが部屋の隅に置いた簡易ベッド――まだ眠り続けているアリスの場所――を見ながら呟いた。

俺たちは、社会のゴミ捨て場から拾ってきた廃墟に、初めて「自分たちの城」を築いたのだ。

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