第15話:周波数チューニング
深夜、埠頭の空きコンテナ。
俺たちはそこを臨時の作戦会議室としていた。
「……あー、イライラする。どいつもこいつも電波飛ばしすぎなんだよ」
レンが、コンテナの隅で膝を抱えて悪態をついている。
彼はヘッドホンを深く被り直していた。
都市部は彼にとって「騒音地獄」だ。Wi-Fiの電波、電気の流れる音、人々の生活音……それらが全て「不快なノイズ」として脳に突き刺さるらしい。
「少し、吸うか?」
「……頼む」
俺が近づいて手をかざすと、レンは大人しく頭を差し出した。
俺の『虚無』が、彼の中に溜まった過剰なストレスと聴覚過敏のピークを吸い上げる。
まるで掃除機でゴミを吸うような感覚だ。
「……ふぅ。静かになった」
レンの表情が緩む。
さっきまでの狂犬のような殺気が嘘のようだ。
「相馬くん、凄いね。懐いてるみたい」
「誰が犬だコラ。……テメェ以外がうるさ過ぎるだけだ」
白石がクスクス笑いながら、パソコンの画面を俺たちに向けた。
黒服から奪ったスマホの解析が終わったようだ。
「レンくんの予想通りだったよ。このスマホのGPSログ、頻繁にある『病院』に行き来してる」
「病院?」
「うん。『聖マリア療養所』。山奥にある、長期療養者向けの施設みたいなんだけど……」
白石が地図を表示する。
市街地から遠く離れた山の中腹。人目につかない場所だ。
「ここ、経営母体が蔵木先生のバックにいる製薬会社の子会社なの」
「ビンゴじゃねぇか」
レンが立ち上がる。
「妹の……アリスがいる病院とは違うが、転院させられた可能性が高い。あいつの『脳波』は特殊だからな、研究材料にはもってこいだ」
「よし、目的地は決まりだ。……だが、正面からカチコミはなしだぞ」
俺は釘を刺した。
レンは舌打ちしたが、反論はしなかった。
「分かってるよ。要は、妹を見つけて連れ出せばいいんだろ。……俺の『耳』を使えば、建物の構造も警備の配置も全部丸裸にできる」
「それに、私の『不可視』があれば、セキュリティゲートも突破できるよ」
頼もしい限りだ。
「聴覚過敏」のソナーと、「対人恐怖」のステルス。
社会生活では生きづらい彼らの欠陥が、裏稼業では最強の武器になる。
「俺の役目は、お前らのガス抜きと、いざという時の壁役か」
「自覚があってよろしい。頼むぜ、リーダー」
レンがニヤリと笑い、拳を突き出してきた。
俺は苦笑しながら、その拳に自分の拳を軽く合わせた。




