第14話:静寂の共鳴
俺の手を通じて、真島レンの内面が流れ込んでくる。
(うるさい、うるさい、うるさい!)
(みんな嘘つきだ。口先ばっかりで、心の中じゃ俺を笑ってる)
(消えろ、黙れ、静かにしろ……!)
それは、悲痛なほどの「拒絶」だった。
世界中の音が、彼にとっては黒板を爪で引っ掻くような不快音として響いている。
だから彼は、音を暴力に変えて、世界を黙らせようとしているのだ。
(……なるほど、辛いな、そりゃ)
俺の「空洞」が、彼の過剰な振動エネルギーと、その底にあるストレスを飲み込んでいく。
「が、ぁ……!? なんだ、テメェ……俺の音が……!」
レンの体から力が抜けていく。
彼が纏っていた攻撃的な空気の振動が霧散し、ただの小柄な少年に戻っていく。
「離せ……! 俺の中に入ってくるな……!」
「暴れるな。……少しは楽になったろ?」
俺は吸収を止めて手を離した。
レンはその場に膝をつき、荒い息を吐いた。
そして、ハッとしたように顔を上げ、周囲を見渡した。
「……音が、しない?」
倉庫街の遠くから聞こえる車の走行音、風の音、虫の声。
それらが、普段の「刺さるようなノイズ」ではなく、ただの「環境音」として聞こえているようだった。
俺が彼のアンプ(過敏性)を一時的に吸い取ったからだ。
「……テメェ、何をした」
「お前の『ボリューム』を少し下げただけだ。……俺は相馬カケル。そっちの隠れてるのが白石だ」
俺が手招きすると、コンテナの陰から白石がおずおずと出てきた。
「相馬くん、大丈夫?」
「ああ。……で、真島レン。お前も『組織』を追ってるんだろ?」
レンは俺たちを睨みつけたが、さっきまでの殺気は消えていた。
それどころか、俺を見る目に少しだけ戸惑いが混じっている。
「……テメェからは、音がしねぇな」
「あ?」
「心の音だ。……人間なら誰でも垂れ流してる、汚いノイズがしねぇ。……すげぇ静かだ」
どうやら、俺の「虚無」体質は、彼のセンサーに引っかからないらしい。
彼にとって俺は、世界で初めて出会った「不快じゃない人間」というわけだ。
「……フン。分かったよ。話くらいは聞いてやる」
レンはふらりと立ち上がり、ポケットから何かを取り出した。
潰れた「赤いカプセル」だ。
「俺の妹が、これを飲まされた」
「妹?」
「……無理やり能力を開花させられて、暴走して……今は病院で植物状態だ。医者は『原因不明』とか言ってやがるが、俺には分かる。あいつの精神が、どこかの研究施設に『送信』され続けてる音がな」
レンはギリッと歯を食いしばった。
彼の動機は復讐、そして妹の救出。
目的は俺たちと同じだ。
「俺たちは、このカプセルの出処を探ってる。……お前の『耳』があれば、もっと早く見つけられるかもしれない」
俺は手を差し出した。
「手を組まないか? 一人より三人の方が、奏でられる音(戦力)はデカいぞ」
「……うまいこと言ったつもりかよ、寒ぃな」
レンは鼻で笑ったが、その表情は拒絶ではなかった。
彼は俺の手を――バシッと強めに叩いた。
「勘違いすんなよ。俺は馴れ合うつもりはねぇ。……ただ、テメェの『静けさ』は悪くねぇってだけだ」
「はいはい。よろしくな、ひねくれ者」
こうして、俺たちの逃亡生活に、騒がしくて強力な「音響兵器」が加わった。
無音(俺)、不可視(白石)、爆音。
アンバランスなトリオだが、戦力は格段に上がった。
「で、どうするんだよリーダー。この運び屋たちは全員のしてるぞ」
「……スマホだ。こいつらの履歴から、次のルートを辿る」
俺たちが動き出そうとした、その時。
倒れていた黒服の一人の胸ポケットで、スマホが震えた。
『着信:Doctor K』
画面に表示された文字に、俺とレンの目が鋭くなる。
Doctor K――おそらく、蔵木(Kuraki)。
「……出ろよ、相馬」
「ああ」
俺はスマホを拾い上げ、通話ボタンを押した。
スピーカーにする。
『――遅いですね。回収は終わりましたか?』
あの、甘ったるい声だ。
俺は息を吸い込み、レンから借りたばかりの「振動」を喉に乗せた。
黒服の声を模倣するためではない。
宣戦布告をするためだ。
「よう、先生。夜分に悪いな」
『……相馬くんか』
向こうも動じた様子はない。むしろ、楽しんでいるようだ。
『新しいお友達も一緒のようですね。……素晴らしい。君の周りには、特異な検体が集まるようだ』
「褒め言葉として受け取っとくよ。……首を洗って待ってろ。すぐにあんたのその澄ました仮面、剥がしに行ってやる」
『楽しみにしていますよ。……私の最高傑作たちが、君たちを歓迎するでしょう』
プツン、と通話が切れた。
最高傑作。
つまり、これまでとは桁違いの「ファントム」が用意されているということだ。
「……上等だ」
レンがポキポキと指を鳴らす。
「ぶっ壊し甲斐がありそうじゃねぇか」
「私も……戦うよ」
白石も、小さな拳を握りしめている。
俺たちは顔を見合わせた。
反撃の狼煙は上がった。
目指すは組織の本拠地――あるいは、次の実験場だ。




