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第13話:ノイズ・キャンセラー

夜の湾岸倉庫街。

潮風に混じって、錆とオイルの臭いが漂う。


「……静かすぎるな」


俺と白石は、コンテナの影に身を潜めていた。

ネットの掲示板で指定された取引時間は22時。今はその5分前。

だが、取引現場である第3倉庫からは、人の気配どころか、物音一つ聞こえてこない。


「白石、中の様子は分かるか?」

「うん、ちょっと待って……」


白石が目を閉じ、聴覚を研ぎ澄ませる。

彼女の潜入能力は、視覚だけでなく気配を探ることにも長けている。


「……変。心音が聞こえない。誰もいないみたい……あ、ひとりだけいる」

「ひとり? 取引相手か?」

「ううん。……すごく、乱れてる。怒ってる音」


嫌な予感がした。

俺は白石に目配せをし、倉庫の搬入口へ向かった。

鉄扉はすでにねじ切られたように破壊されていた。

中を覗き込む。


「――なんだ、これ」


そこは、取引現場というよりは「処分場」だった。

黒服の男たちが5、6人、床に転がっている。全員、意識がない。

壁や床には、何かが激しく叩きつけられたような亀裂が走っていた。


「おい、起きろ。……『元締め』はどこだ」


倉庫の中央、積み上げられた木箱の上に、一人の少年が座っていた。

胸倉を掴み上げられた黒服が、恐怖に引きつった顔で何かを呟いている。


少年は俺たちと同い年くらいだ。

ボサボサの銀髪に、首にはゴツいヘッドホン。

着崩した制服は返り血で汚れているが、彼自身に怪我はないようだ。


「あ、あぁ……知らねぇ、俺たちはただの運び屋で……」

「使えねぇな。……うるさいだけかよ」


少年が吐き捨てるように言うと、黒服をゴミのように放り投げた。

男は壁に激突し、動かなくなる。


「……先客がいたみたいだな」


俺が呟くと、少年がピクリと反応した。

彼はゆっくりとこちらを振り向く。

その瞳は、血走っているのに、どこか氷のように冷たい。


「……誰だ、テメェら」


声に、ビリビリとした振動が混じっている。

ただの声じゃない。空気が震えている。


「怪しいもんじゃない。俺たちも、その『運び屋』に用があっただけだ」

「用? ……ああ、そうか。テメェらも『アレ』が欲しいクチか」


少年がヘッドホンを首から外し、ゆらりと立ち上がった。

誤解されている。俺たちがドラッグの購入者か何かだと思っているらしい。


「違う、俺たちは……」

「言い訳はいい。……どいつもこいつも、欲望ノイズ垂れ流しやがって。うるさくて耳障りなんだよッ!」


少年が足をダンッ! と踏み鳴らす。


ズガンッ!!


見えない衝撃波が、床を伝って俺たちに襲いかかった。

「音」の爆風だ。


「しまっ――白石!」

「う、うん!」


白石がとっさに俺の手を引き、横へ飛ぶ。

俺たちがいた場所のコンクリートが、粉々に砕け散った。


「避けやがったか。……なら、これならどうだ」


少年が手を叩く(クラップする)。

パァンッ! という破裂音が、指向性を持って俺たちの鼓膜を直接殴りつけてきた。


「ぐぅッ……!」

「きゃあッ!」


耳鳴りと目眩。平衡感覚が狂う。

これは、音響兵器そのものだ。


「俺の名前は真島まじまレン。……テメェらみたいな不快なノイズは、俺が全部『消音ミュート』してやる」


真島レン。

彼のコンプレックスは「聴覚過敏」と「人間不信」。

他人の話し声、生活音、そして心の声さえも「騒音」として感じてしまう彼は、全てを黙らせる【振動・音響操作】の能力を持っていた。


「くそっ、話を聞けっての……!」


俺はフラつく足で立ち上がった。

「空っぽ」の俺のストックはゼロ。

今の俺には、彼に対抗する術がない。

だが、この距離なら――。


「白石、俺を『消せ』るか?」

「えっ?」

「俺だけを不可視にして、あいつの懐まで走らせろ。……お前はここで隠れてろ」


白石がハッとして、すぐに頷く。


「分かった……! でも、気をつけて。あの人、音で場所を……」

「ああ、分かってる。だから『一撃』で決める」


白石の手が俺の背中に触れる。

俺の姿が世界から消える。

同時に、俺は駆け出した。


「……消えた?」


レンが眉をひそめ、耳を澄ませる。

見えなくても、足音や衣擦れの音で位置を特定する気だ。

だが、俺は「音」を立てない。

白石の『不可視』は、極めれば「気配」そのものを希薄にする。

今の俺は、空気のような存在だ。


(聞こえるかよ、真島レン。俺の中身は『空洞』だ)


俺はレンの死角に滑り込む。

心音さえも響かない、虚無の男。

それは「ノイズ」を嫌う彼にとって、唯一感知できない天敵ステルスだ。


「――そこかッ!」


レンが勘で裏拳を放つ。

その拳には破壊的な振動が乗っている。

だが、俺はそれを紙一重でかわし、彼の手首をガシリと掴んだ。


「……なッ!?」


驚愕に見開かれるレンの目。

俺の姿が、接触したことで解除され、眼前に現れる。


「捕まえたぜ、スピーカー野郎」


俺はニヤリと笑い、思い切り彼の能力コンプレックスを吸い上げにかかった。

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