第11話:共犯者たちの箱庭
繁華街の裏通りにある、薄暗いネットカフェ。
ペアシートのフラットブース。
それが、俺たち「指名手配犯(仮)」の当面の隠れ家だった。
「……ふぅ」
重い扉を閉め、鍵をかけた瞬間に全身の力が抜けた。
俺は狭いマットの上に倒れ込む。
全身が鉛のように重い。さっきの「拒絶の爆発」で、体力も精神力も持っていかれたらしい。
「相馬くん、大丈夫? お水、持ってきたよ」
白石がドリンクバーの紙コップと、コンビニで買ってきたおにぎりを差し出してくる。
彼女の能力のおかげで、受付も防犯カメラも素通りだ。
ある意味、これほど逃亡に向いている能力もない。
「悪い……助かる」
水を一気に飲み干す。
乾いた喉に冷たさが染み渡るが、口の中に残る「他人の感情」の不快感は消えない。
あのスナイパーの『潔癖』――世界を拒絶する強烈なエゴ。
あれを長時間体内に宿していたせいで、まだ少しだけ、世界が歪んで見える気がする。
「相馬くん、顔色が悪い。……やっぱり、無理させちゃった」
白石が心配そうに俺の額に手を当てる。
ひんやりとした小さな手。
その感触に、俺の中のささくれ立った神経が少しだけ鎮まるのを感じた。
「……お前の『孤独』の方が、まだマシな味だったよ」
「えっ?」
「あいつの感情は、ただひたすらに『他人が汚い』っていう攻撃性しかなかったからな。……それに比べりゃ、お前の『寂しい』って感情は、まだ人間らしい」
俺がぶっきらぼうに言うと、白石は少しだけ目を見開いて、それからふわりと笑った。
「……そっか。私の『寂しい』は、相馬くんにとって美味しいんだ」
「美味しいとは言ってない。毒性が低いってだけだ」
「ふふ、同じことだよ」
白石は嬉しそうに、俺の隣――シングルの布団ほどのスペースに身体を滑り込ませてきた。
狭い。
必然的に肩が触れ合う距離だ。
「……おい、近いぞ」
「だって、ここしか居場所ないもん」
「ブース、もう一つ取れなかったのか?」
「二人でいた方が安全でしょ? 私の『不可視』範囲内なら、店員さんが入ってきても気づかれないし」
正論だ。
それに、今の俺には何かあった時に即座に動ける体力がない。彼女のステルス能力に頼るのが一番安全だ。
「……分かったよ。ただし、寝相は良くしろよ」
「うん。おやすみなさい、共犯者さん」
白石は安心しきった顔で、俺の背中に額を押し付けてきた。
数分もしないうちに、規則正しい寝息が聞こえ始める。
今日一日、張り詰めていたのは彼女も同じだ。むしろ、スナイパーの件で精神をすり減らしたのは彼女の方かもしれない。
(……たくましい奴だな)
俺は天井のシミを見つめながら、ポケットからあの「空のカプセル」を取り出した。
プラスチックのケースに残った、微量な赤い粉末。
蔵木たちは、これを回収しようと躍起になっていた。
これが何なのか。
どこで作られているのか。
そして、俺のこの「空っぽの体質」が、なぜ奴らにとって脅威なのか。
「……やるしかないか」
帰る家も、通う学校も失った。
手元にあるのは、得体の知れないカプセルと、透明な相棒だけ。
状況は最悪だが、不思議と悲観的な気分ではなかった。
少なくとも、「何もない日常」よりは、今のこの狭い箱庭の方が、生きている実感がある。
俺はカプセルを握りしめ、泥のような眠りに落ちていった。




