第10話:拒絶の暴発
「……大人しく投降しなさい。君のその体、調べさせてもらえば人類の進化に役立つ」
蔵木が一歩踏み出す。
その背後の部下たちが、スタンロッドのような武器を構えた。
完全に包囲されている。逃げ場はない。
白石が恐怖で俺の背中に顔を埋めるのが分かった。
「……ふん」
俺は膝に手をつき、込み上げてくる吐き気を必死に抑え込んでいた。
さっき吸い込んだスナイパーの『潔癖』。
それが俺の腹の中で、異物として暴れ回っている。
(汚い、汚い、汚い……!!)
目の前の大人たちが、まるでヘドロの塊に見える。
近寄られるだけで肌が粟立つ。
今すぐこいつらを消毒したい。視界から消し去りたい。
そんなスナイパーの病的な強迫観念が、俺の殺意とリンクしていく。
「……なぁ、先生」
俺は顔を上げないまま、低い声で言った。
胃の中の「弾薬」は、もう爆発寸前だ。
「さっきの生徒の気持ち……今なら、痛いほど分かるよ」
「何?」
「あんたみたいな胡散臭い大人が近づいてくると……反吐が出るほど気持ち悪いんだよッ!!」
俺は溜め込んだエネルギーを、叫びと共に前方へ解き放った。
ドォォォォンッ!!
爆音。
俺を中心に、不可視の衝撃波が炸裂した。
それは物理的な風圧ではない。
「来るな」という純粋な拒絶の意思が、物理干渉力を持って世界を弾き飛ばしたのだ。
「な、なんだこれは――!?」
蔵木の部下たちが、木の葉のように吹き飛ぶ。
コンクリートの床が捲れ上がり、瓦礫が散弾のように彼らを襲う。
それはまさしく、さっきスナイパーがやっていた「拒絶結界」そのもの。
だが威力は段違いだ。なにせ俺は、スナイパーの限界を超えた出力を、自壊覚悟で放出しているのだから。
「くっ……『障壁』ッ!」
蔵木だけが、とっさに半透明の壁を展開して衝撃に耐えていた。
だが、その表情には驚愕が張り付いている。
部下たちは全員、屋上のフェンスを突き破って宙に投げ出されるか、壁に叩きつけられて伸びていた。
「はぁ、はぁ……! あー、スッキリした」
俺は胃の中身をぶちまけたような爽快感と共に、顔を上げた。
視界がクラクラする。今の「嘔吐」で、ストックしていた能力は空っぽだ。
「……まさか、吸い取った能力を増幅して撃ち返したのか? 君は……本当に何者だ」
「ただの器用貧乏だよ。……行くぞ、白石!」
俺は呆然としている蔵木を尻目に、白石の手を引いて屋上の縁へ走った。
「えっ、相馬くん!? そっちは!」
「飛ぶぞ!」
「ええええッ!?」
俺たちは迷わず宙へ躍り出た。
下は工事現場の足場と防護ネットだ。
さっきの衝撃波で舞い上がった大量の粉塵(煙幕)が、俺たちの姿を隠してくれる。
「つかまってろよ! 舌噛むなッ!」
重力に引かれながら、俺は空中で白石を抱きしめる。
落下しながら、俺は蔵木に向かって中指を立ててみせた。
「また会おうぜ、ヤブ医者!」
ドサササッ!!
防護ネットに叩きつけられ、バウンドしながら足場へと転がり込む。
全身が痛いが、骨は折れていない。
「……いっつつ……。生きてるか、白石」
「う、うん……相馬くんこそ」
「ギリギリな。……走れるか?」
上から蔵木の怒号が聞こえる。
すぐに追手が来るだろう。だが、包囲網は突破した。
俺たちは互いに支え合いながら、夕闇の街へと姿をくらませた。
「……ふふ」
「何が可笑しいんだよ」
「だって……相馬くん、あんな怖い顔で『気持ち悪い』って叫ぶんだもん」
「うるさい。あれは俺のセリフじゃねぇよ」
俺たちは息を切らしながら、それでも少しだけ笑い合って、夜の雑踏へと消えていった。




