第1話:持たざる者の憂鬱
※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。また、法律に反する行為を助長する意図はありません。
「おい、見ろよ。また『爆発』だ」
教室の窓ガラスがビリビリと震える。
校庭では、赤ら顔の男子生徒――クラスで一番の癇癪持ちである剛田が、怒鳴り声を上げながら炎の渦を巻き起こしていた。
『ふざけんな! 俺を見て笑っただろ!』
彼の怒りは本物だ。そして、その怒りに比例して、彼の手から放たれる熱量はコンクリートを溶かすほどに膨れ上がる。
この世界では、心の傷や歪みがそのまま物理法則をねじ曲げる力となる。
<欠落才能>。
剛田のそれは『憤怒の燃焼』。単純で、分かりやすく、そして強い。
「いいなぁ、分かりやすくて」
俺は頬杖をつきながら、その光景を冷めた目で見下ろしていた。
隣の席の女子、白石がビクッと肩を震わせる。彼女は前髪を目元まで伸ばし、常に猫背で気配を消している。
彼女の能力は『不可視』。人の視線に極度の恐怖を感じる彼女は、誰からも認識されないステルス能力を持っている。これもまた、強力なギフトだ。
どいつもこいつも、立派な「病み」を持っていて羨ましい限りだ。
「……次は、相馬くん。測定器の前に立って」
教師に名前を呼ばれ、俺――相馬 カケルは気怠げに席を立つ。
教室中の視線が集まる……なんてことはない。誰も俺には興味がない。
俺には、剛田のような激しい怒りもなければ、白石のような深い孤独もない。
あるのは、ただ漠然とした「何者でもない」という虚無感だけ。
測定器の前に立ち、手をかざす。
心の奥底にある澱をイメージしろと言われても、出てくるのは薄めすぎたカルピスみたいな薄い感情だけだ。
『ピーッ。測定不能。出力、微弱』
機械が無機質な音を立てる。教室の空気が少しだけシラけた。
「……はい、席に戻っていいぞー。もっと自分と向き合わないとなぁ、相馬」
教師の投げやりな言葉に、俺は曖昧に笑って頷くしかなかった。
俺のコンプレックスは、「誇れるほどのコンプレックスがない」こと。
だから俺の能力は、今のところ「無色透明の霧」を出すことくらいしかできない。
何の殺傷力もなく、守ることもできない、ただの霧。
……まさかこの時の俺は、この「何の色もついていない」ことが、とんでもない事態を引き起こすなんて思ってもみなかったんだ。




