表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花開くは何処  作者: Bucket
2/9

1.

階段は階段といっても、こっちは上る方の階段で。

裏手から回って、裏口のドアを開ける頃には。

あの庭園に続く階段のことも、美しいグラフィックのことも。

今一度、おさらば。


五堂絵卯は、ここへ来てまもない。

何でもない制服を着て。

雑誌の取り揃えから、清掃から。

ただ、レジに立っていることまで。

彼女にとっては何でもあることだが、世間から見れば、何でもないことで。


ただひとつ。

天井を見上げれば、ポップアップがある。


結構、人気になってきているよなあ。

絵卯は揚げ物の手を止めて、ぼんやり。

天井を見たり、客と眼が合ったり。


もし、自分の作ったものでない、何か別の人の制作物。

ということになったら、彼女にとっても、ポップアップは何でもないことで。


絵卯が店員でいる時間というのは、割と少ない。

それでも、店内のポップのほうは、いつまでも眼に留まる。




美しいグラフィック、か。

しかも、画面内で、だ。


彼女の中で大きい存在だった「宙に浮いた地面」の感触は、誰かの中でも、大きい存在になっていくのかもしれない。

その結果、どうだ?


店のほうは、青がメイン。

店を、スマホと共に出た、五堂絵卯。

今日の彼女は、緑のベレー帽。


画面内の美しいグラフィック、それに比べると、割と何もない道路。

平坦としている道。

漠とした空。

帰り道。


あとは、前と同じような状況が、なければいい。




絵卯の作品は人気を博す一方で、名前も顔も、一応世間には出ていない。

という自負。

彼女の眼に浮かぶ美しいグラフィックは元々、絵卯がEguri名義で出した、小説の舞台が背景になっている。

だから、絵卯の周辺情報なんて、全く興味を持たれない。

そのはずだった。




レンガ造りの建物。

絵卯の「愛車」は、そこに停めてある。

歩いて、それを取りに行く道々。


本当に、何もなければいい。


サドルもやられたことがあるし、今回は完璧な嫌がらせ、と言っていいかも。

レンガの建物、中はごくごく無機質な。

よく眼にするような料金所。


何台も何台も、細長い鉄と合金の集合体。

ハンドルの部分というのは、前々から彼女の気になる部分。

もっと気になるのは、彼女が居るレンガの建物、いわゆる駐輪場の自転車の台数が、一向に減る様子がない。

ように見えるところ。


使う理由はごく簡単。

店が近い。

空きのある時間帯が、必ずある。

停めた場所の番号は、毎回憶えていない。


絵卯は緑のベレーに、結わえた髪。

肌寒くもなく、暑くもなく。

不釣り合いな恰好の男が一人。

彼女はそちらにも、眼がいった。




「お前の考えは、まとまったか?」


そんな風に問いかけるような視線。

絵卯は少なくとも、そう感じた。


やっぱり、あった。

何でもなくない。

ハンドル部分。


不釣り合いな恰好の男が、ハンドル部分を見ていた。

絵卯に視線をよこす。それで、絵卯も見る。

で。

やっぱりあった。「駐輪禁止」。


「ここは駐輪場なのに」


と男が言う。


「なんで、こういうのを巻く必要がないのに、巻くやつが居ると思う?」


絵卯は無言。

この人の名前、なんだっけ。


「ヤマガタ……」


男はノーをした。


「樅ノ木」


肩までの黒髪。

それを一つに結わえて、白い首筋。

日本人離れした体型と、痩せ型のシルエット。手首があまりにも細い。


「そうですね。樅ノ木有人さん」


と絵卯。棒読み。


「私はここへ、料金を払うつもりで駐輪しただけです」


相変わらず、棒読み。


「で」


絵卯は、樅ノ木の手首へ視線を移す。


「あなたですよね、巻いたの。これ」


怒っている。


「この間から、樅ノ木さんを。よく見かけますけれど」


「今日はベレーだね」


と樅ノ木。


「この前はもっと、絵卯さんの作ったあの、グラフィックに印象が合いそうな恰好だったのに」


「あのですね。私はグラフィック、作りませんから」


絵卯の小説が舞台で、造られた美しいグラフィック。

使用されているのは、ゲームで。

有人はスマホで、その宣伝を流してみる。


絵卯は、更に有人の手首に注目。

その手が、何かを隠した。彼女は見逃さない。


「俺に巻かれたって思うなら、証拠をまず探ってみないと」


と樅ノ木。


「この場所に、防犯カメラがないはず、ないしな。見せてもらう努力をすれば、一発OKだ。証拠はバッチリ」


「無理でしょう、そんなの」


と絵卯。


「消そうと思えば、駐輪禁止を巻いている場面なんか。いくらだって消せますよ。加工とか。それに」


もし巻いているのが職員なら、なんらの非難にも値しない。


「どうやら例の人物は、ここには居ないみたい」


と樅ノ木。


「実際に、ここじゃなくて。あの場所で彼女? をあなたは見た?」


「だから、見てませんって」


と絵卯。


五堂絵卯と樅ノ木有人が出会ったのは、つい先日のこと。




「白緑の庭」。


絵卯の小説のタイトル。


それを舞台として造られた箱庭的育成ゲーム。

RPG含み。

登場人物のキャラ投票では、主に美少女キャラクターが上に来る。

あまり、他の何かとは変わらない、何か。


「だから、見てませんって」


と絵卯は言ったが、「彼女」の話題を出した樅ノ木自身も、実を言うと見たことはない。


一方、絵卯としては駐輪禁止より、更に気掛かりなことがあった。

匿名で小説を書いても、身バレしない確率なんて、ほんの一握りなのかもしれない。ということ。




漠とした空が続く、ごくごく平坦な黒敷。その街並み。


「でも」


と絵卯。


「最近、不思議なものを見る機会が多いって。周辺で、結構噂になってたりしますね。信ぴょう性は、ありません」


「で。結局、俺もあんたも、彼女を見ない、か」


「ですね」


駐輪場の防犯カメラ映像を、見せてもらうことは結局やめた。

駐輪禁止を巻かれるのは、これで何回目かになる。

料金は払う。

その後は、いたずらとして処理されるだけ。


絵卯が、樅ノ木に関して現段階で知っていることは、名前のみである。


「コスプレとかだったら、説明つきますかね。樅ノ木さんの気になる、彼女のこと」


駐輪禁止以外、愛車は無事。

絵卯はそれを、レンガ造りの建物から脱出させた。


何も変わり映えしない街。

樅ノ木は、絵卯について歩いている。


建物を見ながら、絵卯。


「あそこは……」


と思わずポツリ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ