3話
彼女は見た目の艶やかさとは裏腹に、
気取らず、飾らずと言った様に教室へ足を踏み入れてきた。
その場にあった大半の視線はまだ彼女に取り憑かれたままだだ。
「あれ?となり?となりだよね?久しぶりー!
二週間くらい前からずっと連絡つかないんだもん!
大丈夫だった?」
(そうだ。となり。涙川となりだ。)
既視感の正体が分かっても、何か知らないものがある様な
漠然とした緊張感が漂っていた。
そんな得体の知れない不安を拭い返す様に、教室の前の方にいた女子のグループが一層大きな声で話しかける。
「うん、久しぶり。ちょっと夏休みの間に引っ越ししちゃって、忙しかったんだー私。ごめんね?連絡取れなくて。」
「え?ああ、うん、それは全然……。」
話しかけた方が少したじろいで、少し躊躇った後、
おずおずと訪ねる。
「ねぇ、なんか……雰囲気めっちゃ変わったくない?」
「分かる!私もそれ思った!」
一人目が聞いて、堰を切ったように周囲も同調する。
「そう…だね。髪…ちょっとやりすぎたかな?」
このクラスにも髪を染めている人は何人かいる。
この学校は制服こそあれど、ファッションには寛容らしい。
なんでも生徒の自己実現の尊重に重きを置いているとか。
しかし彼女のそれはなんというか…少し…異質だ。
頭頂部から深雪をくぐったように透き通った白くなっていて
、毛先にかけて温度をも感じる淡い薄桃色が見られる。
まさにソメイヨシノ、いや八重桜の方が近いか。
を頭からかぶせたような印象を与えた。
元々の顔立ちの良さも相まって、
似合っていると言えば似合っているが、
ほとんど主張のない化粧をしているのが
逆に現実味を感じられず、少し僕には怖い。
「いいんじゃない?可愛いよ!全然!」
……本当にそう思ってるのか?
刺激が強すぎたのかコミュニケーションのテンプレートしか出てこない状況は、少しシュールだった。
ややあって各々席に着き始め、勉強を始める者、スマホを眺める者、手鏡を見る者など、場が雰囲気を取り戻してきた。
(しかし劇的な変わり様だな。)
涙川となり。
今年から同じクラスになった筈だが、
前まではどんな子だったかな。よく考えて思い出してみる。
「涙川さん。」
「…はい?」
「酒井が呼んでたよ。教材取りに来いって。」
「酒井…?」
「?、担任だよ。昨日自己紹介で酒井って…。」
「あぁ……わかった。ありがとね。」
そうだ、涙川はこんな感じだった。
あの時はなんだか、目が合わない感じで…もっとこう…
生き急いでいる感じがした。何かに追われている様に。
確かによく見れば、髪とかのわかりやすい変化に
気を取られがちだけど、最も変わったのはあの目つきだ。
今の彼女の目はとても前向きで、どこか懐かしげで、
でもその深くに、少しの諦めと悲しみを孕んでいる様な
奥行きを感じさせる。
(綺麗だなぁ……)
綺麗だなぁ。とは思う。でもそれだけ。
これだけの刺激でも、また単純な感想で終わってしまう。
一目惚と言うほどの、劇的な心の動きはない。
…多分これからもずっと。
抱き始めた女々しい懐疑を掻き捨て、また手許の教科書に目を落とす。
次第に教室も殆どが登校してきて騒がしくなってきた。
その話題は大抵涙川についての感想や考察である。
当の本人は周囲に座っている友人と話しながら、落ち着いた様子だ。よく落ち着けるな。
「あぁ…夏草…おはよう……。」
「おう、おはよう。今日も疲れてるなぁ。朝練何時からなん だっけ?」
「ん?……あぁ練習自体は6時15分からだね。剣道は着替えが あるからもう少し早く来なきゃだけど。」
「凄まじいな…また剃ったのこれ。」
「まあ定期的に……夏休み中にも大会あったからね。」
一年の時からのこうやって朝練で疲れた後教室でおにぎりを食べる仙龍の坊主頭を二、三度撫で回すのが日課なのだ。
ちなみにこう見えて綺麗好きな彼は、練習の後
毎回武道棟のシャワー室で体を洗っているらしい。
久しぶりに仙龍の、稽古で掠れ気味だが響くイケボを聞いて満たされがちな僕は、話題を時の人に移してみる。
「うちのクラスの涙川さんがかなり印象変えてきたんだけど
見た?」
「あ、あれ涙川さんか…随分雰囲気変わったね。……でも可愛らしくていいんじゃない?」
仙龍はこういう時ほとんど人を悪く言わない。
誇張せずに良いと思ったことを忌憚なく言う。
こういうところは本当に尊敬する。
こいつ人生二周目なんじゃね?
その時またドアが開いて、よく響く甲高い挨拶が聞こえてきた。
「よぉーっす!おまいら元気してたか!……ってあれ?
涙川?っぽいのがいる!?誰じゃお前!」
仙龍くんはまじでいい子。




