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32話

「涙川、さん……?」

「ん……?」


一瞬呼ばれたことに戸惑い、おずおずと首を捻る。


「え……。」

「あ、こ、こんにちわ……。」

「君は……?」

「?」


あれ、人違いかな?

と一瞬思ってしまうほど唐突で不自然な間が流れたが、

振り返った顔は確かに、涙川となりその人のものであった。

ただどこか的を得ないというような表情で、その眼差しは、見知らぬ人の忘れ物を見つめるそれに似ている。

僕の知らない顔の一つ。

いや違う。

彼女が僕を知らないという。


「籠、夏草です。クラスメイトの。」

「籠……。」


僕を見つめたまま、或いは僕を見透かすように目を細める。

本当に忘れているのかボケているのか。

しかしやがてその表情は柔和な、懐かしそうなものへと変わる。


「籠…夏草……。…夏草……ああ、ああ。

……ふふ……なつくさくん。……ふふふ。」


僕の名前の何が面白いのか知らないが、

新しい言葉を覚えた幼子のように、嬉しそうに、ころころと笑い始める。

何も知らない尋常の人が見たら、

気狂いか何かだと思っただろう。

しかし、口に手を当てて体を揺蕩わせながら、

薄化粧さえもない緩やかな美貌が綻んでゆくその様は

僕には美し過ぎた。


火炙りの罪人を眺めながら高笑いする楊貴妃にも見えた。

神の啓示に泣きくずるるジャンヌダルクにも見えた。


「あの……。」

「ああ、ごめんね。ここあったかくて眠くなっちゃってさ。

ぼーっとしちゃった。…久しぶりだね。なつくさくん。」

「あ、はい。お久しぶりです。」

「何でここにいるの?」

「あの……雅歌と…芳野、とご飯を食べに。」

「わざわざ大宮まで?」

「ええ…まあ。」

「ふーん…。」

「涙川さんは、何でここに?」

「あー……最近はお昼すぎにここで本読むのはまってるんだよね。あったかいし。」


左手をひらりと振って周りの景色を示す。

右手には、さっきまで読んでいた本。

手が被っていて題名はよく読めない。

若きウェ……悩み?

………何だろう。小説かな。


「…そうだね。ここはとてもいい所だ。でも、その……。」

「……学校?」


彼女はベンチから立ち上がってスカートの腰回りをはたく。

表情は見せてくれない。


「いや、なんというか…その……うん。」

「…私、みんなに迷惑かけちゃってるかな。」

「そんなことは…ないと思う。

みんな普段通りに過ごしてるよ。」

「私は居ても居なくても変わらないって?」

「そ、そんなこと!……言ってないじゃないか…。」

「ふふ、ごめんって。…なつくさくん、このまま駅?」

「あ、…うん。」

「そ。……ちょっと歩こうか。」

「……うん。」


そして僕らは、涙川のペースで駅までの道を歩き始めた。

派手でこそないが、季節に合って美的感覚に優れた服に

身を包む君の隣を、きっちりと揃えられた真っ黒の学ラン

(星黎高校の制服は、女子のものは小洒落ているのに男子は学ランである。男女差別極まりない)で歩くのが酷く不恰好に思えて、足の裏から鳩尾までがこそばゆい感じがした。


そこには、例えば大正時代の青年と現代の少女が恋に落ちるような、夢幻的で、あらまほしい不釣り合いさがあった。


「そういえば……もうすぐ修学旅行だったんだっけ。」

「うん。」

「行き先は……京都、だよね。なつくさくん行ったことあるの?」

「僕は、ないかな。涙川さんは?」

「私は……小さい頃に一回だけ行ったことがあるらしいんだけど全然覚えてないんだよね。」

「そっか……。」


会話が途切れる。

正確には、僕が訊ねる勇気を出せずにいる。

でもこの沈黙から、彼女もその言葉を待っているように思われて、それが最後の一歩を後押しした。


「涙川さんは……修学旅行、どうするの?」


来るの?と訊いても差し出がましいし、

来られるの?と訊いても野暮な感じがしたので、

極力表現をを選んで訊ねた。

どんな言葉が返ってきたとしても、

穏やかに受け止められるように。


「私は……。私ね。」

「うん。」

「まあ、このままなら、行かなくてもいいかなあって、思ってたんだけど……。今、君に会えたからさ。

……やっぱり、行こうかなって。」

「そう。……そうか。………よかった。」


よかった。

ふと、なぜその言葉だけが僕の口を衝いて出てきたのか

疑問に思った。

少し前までは、そんなことはどうでもよかった筈なのに、

涙川が学校に来ることが、みんなと同じ行事に参加することが何故僕の心を安らがせるのか。


やはり僕は、稀に虚な目を見せるこの寂寞の白い花が、

真の孤独の内に人知れず枯れ果ててしまうのが怖いのだ。


どこか、何か一つでもいいから、彼女を孤独にしないための(ほだし)が欲しかったのだ。

僕のような灰色の道を歩む義理は、君にはない。

何故なら、そう思う人が一人、既にここにいるから。

僕が嘗て求めて止まなかった、「自分より自分を気に掛けてられる人」が、君にはいるから。


「そうだ、行くとなったら……その……班とかはもう、決まってるの?」

「あー……一応、もう決まってはいるね。僕の班は、仙龍と雅歌と……。」

「あれ、雅歌君そこなんだ。荒幡君はわかるけど。」

「うーん、僕ももっと他の騒がし…盛り上がる班の方に行くのかなと思ってたんだけど、女子が…。」

「ああ、杏来ちゃん?」

「ま、まあ……本人は嫌そうだったけど。」

「実は嬉しかったりして。」

「……どうだろうね。…安積香さんは元々百山さんと一緒になりたがってたみたいだけど……百山さんがなんか仙龍と組んでたとか何とかで……。」

「あー。纚世ちゃん、荒幡君のこと好きだからね。」

「え……。」


(え……?)


今日一番の衝撃が身体を走る。

……そうなの?

全然知らなかった。

仙龍は兄貴気質で優しくて力持ちで顔も悪くないのに、

坊主というだけで選択肢から外されがちなのが

ずっともやもやしていたのだが、なかなか見る目がある。


「ていうかそれ、言っちゃまずいんじゃ……?」

「なつくさくんなら、言い触らしたりしないでしょ。」

「そりゃあしないけれども。」

「いいの。私、纚世ちゃんは…纚世ちゃんには。

……普通の恋を叶えて幸せになって欲しいの。

だからさ、なつくさくんも応援してあげてくれる?」

「……わかった。」


言葉の趣旨はよく理解できなかったが、

一先ず同調しておいた。

普通の恋愛ってなんのことを言ってるんだろう。


「それで、あとの一人は?女子も三人だよね?」

「それはまだ……決まってない。」


決まってないというか、決めていない。

「最後まで、となりちゃんを待ってもいい?」

という百山の言葉が、未だ僕たちを縛り続けているからだ。


「じゃあ……。」

「うん。大丈夫だよ。」


僕がそう言うと彼女は、調和した音のように笑って


「ありがとね。」


と言った。


_____________________________________________


それから暫く歩き、大通りを少しそれて、駐車場や

小さいオフィスビルがぽつぽつと立つ小道に出た。

完全に僕の通ったことのない道だ。


僕らは旧めの、少し黒ずみのある五階建のマンションの階段の前で立ち止まった。


「ここは……?」

「折角だから、ちょっと遠回りしてきちゃった。

ここ、私が今住んでるとこなんだ。」

「そっか。……色々と、話せてよかった。」

「…私もだよ。」

「……。」

「ああ、それで駅はね!ここを真っ直ぐ行って左に―。」

「となりちゃん?」


率然、路地に声が響く。

決して張り上げた声ではないが、

幾分美しい類の高い声であったので、劇的に響いた。


「あっ。」


一瞬、涙川の顔が引き攣る。


「帰ってきたの?……あら?その子は……。」

「じゃ、じゃあね。なつくさくん。今日はありがと!」

「あ、ああ…また。」


小声で急かすように別れを告げられ、取りつく島もないまま涙川はそそくさと階段を登り、その女性を連れて四階の部屋に引っ込んでしまった。

きっと母親なんだろう。

何か不味かったのだろうか。

まあ、だとしてもこれ以上は僕が踏み入れる

領域ではないのだろう。


(帰ろう。)


そう思ってスマホを取り出すと、

時刻は5時を回ろうとしていた。

空はすっかり茜が差している。

東からは夜が攻めてくる。

そのさらに向こうから、明日が血眼で追いかけてくる。


(班員名簿に、名前書いておくか。)


そんなことをぼんやりと考えながら、

Google mapを開いた。

お知らせ致しましたように、本話を持って来年の春までお休みさせて頂きます。

浪人の鬱憤を晴らしてやろうと小説を始めてみましたが、

流石に一年目は思うように書き進められず、物書きの難しさと言うものを痛感しております。

(もう少し頑張れたかも知れませんが、、、。)

来年の春からまた二年目として続きを書けるように

受験を終わらせて参りますので、もしお読みいただいていた方は、応援よろしくお願いします。

皆様におかれましても、重ねてご自愛くださいますよう心よりお祈り申し上げております。

では、また。

杜隯 爐

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