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29話

「何、やってんの。」


それだけ、尋ねた。

気の利いた言葉を返す機知も、声を張り上げる度胸もない。


「……ここからの方が、良く見えるかなって。」

「……だろうね。」

「なつくさ君もこっち来なよ。」

「……うん。」


彼女は、屋上の隅の手すりにもたれかかるようにして、身体を少し乗り出していた。

それは傍目には、ほんの少しの、やじろべえを(つつ)くような優しさで全てが終わってしまうような不安定さを孕んでいる。


僕は彼女の側まで歩み寄って、同じように手すりを握り、眼下の薄暗い校庭と三々五々の若衆を眺め渡す。


闇が差した視界の中でも、スマホの光や、笑い声、蠢く黒い影達が確かに彼らの存在を知らせてくれる。


(みんな疲れてたな。)


僕の知ってる人も、声を聞いたことさえないあの人も。

違う価値観、違う文脈を持って、似たような日々を送って。


(笑ってたよ、みんな。)


また直ぐ日常に戻るんだって斜に構えてる人も。

まだ夢現の中のあの子も。

明日からまた部活だって人も。

明日からまたバイトだって人も。

明日からまた受験勉強だって先輩も。

明日から恋人のあの二人も。

それを後ろから指咥えてるあの人も。

……笑ってたんだ。

多分、僕も。


その様は蟻の群れのようでもあり、

また星の集まりのようでもある。


沈思に耐えかねて、積み木の破片が口を衝いて溢れ出る。


「……賑やかな小宇宙だ。」

「宇宙?。」


……聞かれていたようだ。

昼間のことと言い、案外地獄耳なんだろうか。

深く考えもしない比喩を真面目に聞かれた暁には、人間誰しも赤面するものだ。


「いや、暗いからライトが星に見えなくもないというか…。」

「宇宙。宇宙、かあ。」


涙川は感心したように口の中で転がした。


「そ、そんなことより何でわざわざここまで……。」

「…さあ。」

「さあって……。」

「なつくさ君は?」

「え。」

「なつくさ君はなんでここまで来たの?」

「それは……。」


様子を見に来たんだ。

涙川が、飛び降りて死ぬんじゃなかろうかって。

僕は心配で…………………心配?


考え始めて直ぐに、氷水より性の悪いものが背筋を走る。


「……っ!」

「うわ、どうしたの?」


気持ち悪くなった。

そこで初めて僕は自分自身のもっと悍ましい部分に直面した。…いや、気づいていて目を背けていたのかもしれない。


(僕は……僕は、期待していたのか。)


僕が屋上まで走ってきた時抱えていたのは、

本当に心配だけだったか?

間に合わないという焦りと、困惑と……

僅かだが確かな興奮―それはちょうど初めて大きな地震を体験した時と同じような―を感じていた。


きっと、心のどこかで生きることに飽き始めていた僕は、

何か……ある種の文学的な刺激を求め続けていたんだろう。

だって、

『突然姿を変えて現れた美しい少女が死を望んでいた』

なんて、そんなの……そんなの、あまりにもずるい。


だとしたら、もし本当にそうだとしたら、

僕はクラスメイトの自殺を止めに来たのではなく、

人間の全てが終わる瞬間を、

その死に縋るほど人がもがくその生々しい情動の全てを、

この目に焼き付けたかっただけということなのか。


そしてあわよくばそれを助け上げて、

まるで安い物語のプロローグみたいに人生の続きを描いてみたかっただけということなのか。


「うぅ………。」


結局僕は屑なのだ。

他人の命の重さをはかる天秤さえ持ち合わせていないのだ。


(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。)


まただ。

人に優しくなれないなら生きていたくない。

嗚呼……嗚呼、僕に人知れず死ぬだけの甲斐性があれば。


色々な感情に迫られて、足が、胸が、頭が重い。

それでも、鉛でできた首をもたげて涙川の顔を見る。

この後に及んで、僕はまだ誰かに救いを求めようというのか。


僕は必死で、何でもないというような

憮然とした表情を繕っていた。

そして目が合うと、彼女はまた心配そうに優しい表情で訊くのだ。


「本当に大丈夫?」


いつもは少し怖いけど、綺麗な、あの綺麗な目が僕を見つめている。

見つめられるだけでも、少しずつ泥に塗れた心が透けてゆくように思われた。


(……ああ。大丈夫だな。)


この人は「普通」だ。


この人はきっと僕とは違う。

髪を染め上げてきたのだって、勝手に屋上に登ったのだって、きっと気まぐれなんだ。

面白いことをやってみたい年頃だし。

あるいは本当に、どこかで失恋でもしたんだ。


普通に、あるいは誰よりも幸せになれる人だ。

とても優しい人だから。


「ちょっと高いところが苦手で…ね。」

「本当〜?」

「この屋上はまだ三階の上だけれども、ここから落ちたら…ほら…。」


さりげなく、先程の返答を仄めかしてみる。

もし少しでも彼女に自殺願望があったなら、何か反応するだろうか。


「………。」


手すりの外を覗き込む彼女の顔色は、

夜に紛れてよく見えない。

返事がない、ということは僕の言葉に引いているのか。


(こういう話はあんまり好きじゃないかな。)


嫌われてしまうのでは、という焦燥が脳裏を走って慌てて二の句を継ぐ。


「いやでも、人間意外と頑丈だから、このくらいなら骨折程度で……。」


涙川が顔をあげ、もう一度ゆっくりと僕と目を合わせる。

それから、何か言い訳をするような目つきのまま、

柔らかそうな顔にふわっ、とした笑顔を張り付けた。



「死ぬよ。」



「…………え?」


ぼそっ、と呟いたくらいの声。

でも僕にその時聞こえたのはそれだけだった。

僕を包む全ての音が、彼女に畏怖して響くのをやめたように止んだ。


(それはどういう―。)



どーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!

ひゅるるるるるるるるるるるるるひゅうひゅうひゅう………

ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!

ぱらぱらぱらぱら………



言わずと知れた破裂音が静寂に浸りかけた鼓膜を劈いて、

心の臓まで貫いて行った。

下のグラウンドの方からは歓声やら奇声やらが聞こえてくる。


当の僕は殆ど腰が抜けてしまって、腕の力で手すりにしがみついていた。


「わあ、やっぱりここからだと近いね。」

「び、びっくりした……。」

「放送で始まるって言ってたよ。聞こえなかった?」


ふふ、と横目で揶揄われる。

二発目、三発目と、次々に花火が上がっていく。

流石に予算もあるので持って十数発というところだろうが、一発、また一発と打ち上がる毎に、歓呼とも咆哮ともつかない声がどこからか上がる。

勿論巷の花火大会などよりは遥かに小規模だが、

自分たちの為に上がる花火というのは殊更に大きく輝いて見える。

「今」の美しさを求める高校生にとっては尚更だろう。


「綺麗だねえ。」

「……ええ。」


確かに綺麗だった。

振動で臓物が揺れる度に、心まで奪われてゆくようだった。

でもそれ以上に、僕には涙川の先程の言葉の続きが気になって仕方がなかったのだ。


「涙川さん。」

「……ん?」

「さっきのって……。」

「……。」


横顔は動かない。

よく出来た絵画みたいに。

無理にそうしているのか、何も感じていないのか。

どちらなのか見当もつかない。

やっぱり僕には、この人がわからない。


「どういう、意味だったのかなー、なんて。」

「意味……意味かあ。」

「いや言いたくないとかなら全然。」

「…なんか、ね。」

「うん。」

「なんか……。」





「生きてるみたいだなぁって。」





最後の花火が散った。

それはまた、最後までとろとろと名残惜しい晩夏の終わりには十二分の散り様であった。





表現が稚拙すぎてついて来られない方もいらっしゃるかも知れません(土下座)

やっと文化祭編を終えましたー。ナガカッター

あまり区切りは意識しておりませんが一応ここまでが第一部というかイントロというか、、、ぐだぐだし過ぎました。

出来るだけこの先はペースアップを目標に受験期までに進められるよう頑張ります!

予備校も後期が始まって一層忙しくなりますので更新がなくても生存しております。悪しからず、、、。

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