28話
集合場所に駆けつけたあと、僕たちは男女それぞれの群れに分かれて閉会に纏わるいくつかのイベントに臨んだ。
校庭の中央、点火前のキャンパスファイヤーの組木を囲むようにして全生徒が集まる。
その輪の中では、生徒会長やらなんやらが舌を回して面白おかしく文化祭の総評を述べている。
一般客の気配も完全になくなり、
落陽の視覚的なぬくもりを残しつつも、やはり暗がりのかかった空の下、興奮冷めやらぬ千五百と少しの若人が恍惚とした表情で同じ方向を見つめる。
僕には、それがたまらなく美しかった。
美しいと思うほど、僕が寂れた人間なのが悲しかった。
「―えー皆様、これよりキャンパスファイヤーの点火を行いますので一度中央から離れ、左右に分かれてください。」
スピーカーからアナウンスが響く。
既に空は、完全に墨を溢したような黒が支配している。
「それでは皆様、校舎の方をご覧下さい。第八十二回星黎祭キャンパスファイヤー、火矢の射手を務めますのは、弓道部二年、蓼久保朝凛さんです。」
おお〜、と歓声とも驚きとも取れないどよめきが起こる。
三年生が引退した今、蓼久保が部長を務め、
彼らもまた日々稽古に励んでいるようだ。
特に蓼久保は、去年一年生ながら関東大会に出場した逸材らしい。
どれくらいすごいのかは部外者だからわからんけど。
遠くで小さくて表情こそ見えないが、少し速度を落として、
一歩一歩、そこに地面があるかを確かめるように歩く。
そして組木の正面まで来て、静かに礼をした。
背が伸びて腰の折れた、綺麗な礼だった。
組木まではかなり距離がある。
普通の弓道はもう少し近いイメージだが、
遠的というやつだろうか。
皆息を呑む。
離れた通りを抜けてゆく風の音が聞こえる。
薄い闇の中で研ぎ澄まされた射手は、徐に顔をあげ、
弓矢を胸の前に掲げた。
係が火をつけ、矢の先にはごうごうと赫が映える。
そしてゆっくりと、それはまるでオーケストラの指揮者が
最後の音をじっくりと味わうように、弓を引き分ける。
……止まった。
風も。光も。隣に立っている人の呼吸も。
いつ飛ぶんだろう。
そう思って瞬きをした瞬間、光が跳ねた。
戯れる子猫のように、視線が光を追う。
見事、矢は組木に着弾していた。
着火剤が塗り込まれているのだろう。
瞬く間にそれは風を受けて煌々と立つ塔と化した。
わああ、っと歓声と拍手が上がる。
「―それでは、皆様再度中央へ集まって下さい。これより校歌の斉唱を行います。繰り返します―。」
ぞろぞろと人が移動する中で、ふと離れた蓼久保に目をやると、文化祭の準備でずっと張り詰めていたのが緩んだのか、膝の力が抜けて項垂れていた。
それでも、そのすぐ後にはまたぴんと背を伸ばして、誰も見ていないのに、最初と同じような綺麗な礼をして去っていった。
(格好良いな。本当に。)
真面目もここまでくると芸術性を帯びるものだな、と感心しているところへ、
「あの、籠君。」
「え?」
百山が小さい声で話しかけてきたが、
僕だとは思わず、危うく気付かずに見過ごすところだった。
「どうしたの?百山さん。」
「その……今日、となりちゃんと一緒にいた…よね?」
「あ、ああ……まぁ、ね。」
質問の意図が汲めず、あやふやな返事をしてしまう。
「それで……その、さっきから…となりちゃんがいないんだけど…何か知らない?」
「え…。」
そんなはずはない。
後夜祭の前だから男女別に、友達のところへ行くからと、ほんの1時間と少し前に別れたはずだ。
百山と並んで立って、校歌を歌いながら周りを見回してみるが、それらしき人は見当たる気配がない。
あれだけ派手な髪だからいたらすぐわかるものだが。
「どこへ行ったんだろうね……。」
「さあ…。」
探している間に校歌も終わり、いよいよ大団円の打ち上げ花火が始まる。
集まっていた人々は思い思いに離れ、それぞれ仲のいい集まりになって花火を見る場所を探す。
僕は特に人と約束をしていないので(仙龍は剣道部の人と見るらしい)一人で見ようかと思っていたけれど、一先ずは涙川の捜索を手伝うことにした。
「―花火は十分後にスタートします。着火は第一グラウンドで行っておりますので、くれぐれも近付かないようお願いします。繰り返します―。」
「早く、見つけた方がいいかな。」
「ごめん……探すの手伝ってもらって。」
「いや。でもいいの?……百山さんも誰かと待ち合わせてたり…。」
「あ、いや本当は部活の子と…。」
「じゃあとりあえずそっちに合流してきなよ。花火の最中は僕が捜しておくからさ。」
「でも……。」
「大丈夫だよ。僕は部活入ってないし、待ち合わせもないから。」
(なんか自分で言ってて悲しくなってきたな…。)
「じ、じゃあ…。あ、でも花火終わったら私も直ぐ捜しに行くから…。」
「うん。まあ案外すぐに見つかるかもしれないしね。」
じゃあ、と行って彼女は去っていった。
ずっと申し訳なさそうな顔を崩さなかったが、彼女は天然のお節介焼きというか、心配症なんだろう。
「さて、どこを捜したものか……。」
「あれ、夏草どうしたの。」
「あ、仙龍。」
百山と入れ違いになる形で、今度は仙龍と出会した。
仙龍の周りには、同じような坊主頭の精悍な顔つきをした逞しい男子生徒が集まっている。剣道部の仲間だろう。
なかなか圧力を感じさせるアングルだ。
「 こんなとこでうろうろして、何か落とし物?」
「あー、似たようなものだけど……そうだ仙龍、涙川さん見なかった?」
「涙川さん……?いや直近は……あ。」
「?」
「そういえば、後夜祭の前だったかな、僕がお手洗い行った時に見たかも。」
「本当?どこで?」
「なんか、校舎の方に歩いてたよ。トイレかなーとか思って気にしなかったけど。」
「校舎……ね。分かった。ありが……!?」
「どうした。」
「ちょっとごめん。」
「あ、おーい。何をそんなに慌てて……行っちゃった。」
確かに後夜祭の前だったらトイレに行くために校舎に戻る人は割といたことだろう。
だが、先程の会話の中でさりげなく目を校舎の方に向けて見上げた時、もし見間違えでなければ、僕は見た。
見えてしまった。
あの白い一片の花がいま、
最も天に近いところに佇んでいるのが。
僕は走った。本当にこれまでにないくらい夢中で。
そこに着くまで、何を考えていたのかもあまり覚えていない。
電気の消えた廊下を駆け抜け、
深い闇の溜まる階段の踊り場を蹴る。
底抜けに明るく、楽しげに装飾された教室には夜が灯る。
不安を掻き立てるように景色が過ぎてゆく。
一気に上り切ってしまうと、忘れていた呼吸が後になって押し寄せてきて、過呼吸のように胸が詰まる。
「はあ……はあ……。」
(いや、それだけじゃないな。)
多分この動悸は、もっと……もっと悍ましいものが引き起こしている。
物語の中ではよく使われがちなその「舞台」。
僕はそれまで立ち入ったこともなかったけれど、
そんな文学的感慨が付け入る隙もなくドアノブを捻る。
文化祭で使われていたのだろう。
施錠は、ない。
ガチャ……。
並よりも重い扉が開く。
(見間違えじゃ、なかったな。)
音に気づいたのか、一瞬ぴくりと反応するが、
すぐさま肩を落として振り向く。
相手が僕だと、分かってたみたいに。
「………また、会ったね。なつくさ君。」
ない小説bot
「転生したらケニア人だった件。」




