25話
「……、おーい、籠。」
「……え?…あ、三上さん。どうしたの。」
「どうしたって、そりゃこっちの台詞よ。さっきからぼーっとしてるけど、大丈夫?まだ昨日のことが……。」
「あ……、いや、全然大丈夫だよ。ちょっと、眠い、だけだから…。」
悪い癖で、また遠い目をして木偶の坊のように突っ立っていたらしく、二日目の午前で同じ時間帯のシフトに入っている
三上秕縒が声を掛けてきた。
初日は早朝からの準備でとても人前に立たないからと、二日目からシフトに入ることにしたらしい。
本当に気力と体力に溢れた子だ。
「ほんとに大丈夫?何かあったらすぐ言ってね。昨日籠が不良に絡まれたー、って聞いた時はほんと、どうしようかと思ったんだから。」
「あぁ…心配掛けて本当にごめんね。」
昨日保健室から帰った後、ありがたいことに仙龍を筆頭に多くのクラスメイトが心配して声を掛けてくれて、僕なんかのために、件の輩たちに対して憤慨してくれた。
最初のうちは多くの人が心配してくれたことが純粋に嬉しかったし、それは今でも感謝している。
でも、考えれば考えるほど、どれだけ迷惑をかけたのか。
あるいは、もし騒ぎを大きくして文化祭を中断させてしまっていたら。
ありもしない世界を空想しては、次第に周りの視線が怖くなってしまって、昨日は1日目の片付けが終わるや否や、足早に帰ってしまった。
こんな心理状態では、到底僕が眠りになどつけなかったことは、容易に想像できるだろう。
「そりゃ心配するよ。昨日は皆んなも……あ、そうだ、荒幡には会った?」
「いや、今日はまだ。」
「あとで行ってあげなね。荒幡が一番心配してたよ。昨日お客さんと会話してる時もずっとおどおどしちゃって……。」
(それは単に仙龍が人見知りなのでは……?)
「そっか、ありがとう。午後行ってみるよ。」
「ん。……それにしても人来なくなったねぇ…昨日は盛況だったんでしょ?」
「あー……まあ僕がいた午前中は割と人は言ってたね。主に雅歌目当てで。」
「そーゆーことかあ。あの子目立つもんねー。…うちらもなんか面白いことやればもっと人来るかな?」
「どうだろうねぇ。」
「よし、籠。」
「な、なんでしょう?」
「女装しよう。」
「絶対に嫌ですが。」
そんなやりとりをしながら、ちらほらとやってくる客を相手にしながら過ごしていると、気付けば時刻は正午を過ぎ、午前のシフトが終わった。
ちなみに三上は昨日の分もということで、午後も入るらしい。人の入れ替えを兼ねて、暫くの休憩に入る。
他の接客係や、裏方も含めて七、八人が集う。
「いやー、後半はそこそこ人来てくれてよかったね〜。」
「それなー。やっぱ場所があんま良くなかったのかねー。」
気づくと、この間のシフトに入っていたのは殆どが女子だったらしく、男子は僕とあともう一人、飲み物や食べ物を運ぶ仕事をしていた恵田君だけだった。彼は…まあ僕はあまり人の容姿に言及するのは好まないのだが……典型的ヲタク漢というか、太めの体型と、切り忘れたような前髪(僕も人のことは言えないが)と、縁の太めな眼鏡が特徴的な人である。しかし決して根暗ということもなく、男子と固まっているときは、趣味への知識が豊富だからか、楽しげに話していることも多い印象だ。
「そういえばさ、さっき私が相手してた二人組、どう思う?」
「どうって?」
女子が片付けたり、衣装を着替えたりしながら(ワイシャツやTシャツの上に来ている)、何やら話しているようだ。
声色は忍んでいるようなのに、僕にまで聞こえる声で話すのだから、女子トークというものはわからない。
「なんか、まだ付き合ったりとかはないらしいんだけど、ちょっといい雰囲気っていうか?ありゃ今日中に男の方が告ると思うねわたしゃ。」
「振られないといいね〜。」
「男の顔は?顔はどうだったの!?」
「それがさぁ、けっこーイケメンだったんだよね……見せつけられるこっちの身にもなってみろって……。」
「よし、振れ!!振られろ!!!」
(やばいのがいるな…。)
「さーちゃんはどう思う?」
「私はあんまそういうの興味ないかなあ。」
(やっぱり女子にもいろんな人いるよなあ。)
「私は彼氏欲しいなあ…やっぱイケメンで、頭良くて…。」
「あっちゃん、現実見ようね。」
「まぁ私の彼氏は全部揃ってて神だけどね〜。」
「チッ。」
(キレすぎだろ…。)
「そういうの、男の人ってどう思うんだろうね。」
「あのね、男なんてどうせ下半身でしか考えない生き物なんだから。」
「ていうか、午前ほぼ女子しかいなくね?」
「ほんとだ。あ、恵田お疲れー。」
「ひぇ、あ、はい、みなさんお疲れ様です…。」
ゴミを捨てて帰ってきた恵田が突然女子の集団に話しかけられてしどろもどろに返す。
「あはは、きょどってる。」
「そりゃこんな多対一じゃ怖いでしょうよ。」
「み、皆さんお揃いで…?」
「そうだよー。午前終わって休憩。恵田も上がっていーよー……あ、そうだ。」
「?」
「恵田って好きな子とかいんのー?」
「へ!?あ、いや、なんで急に!?」
周りが「ちょっとー」とか「やめてあげなよー」とか囃し立てるが、僕だったら急にこの状況は耐えられないと思う。
彼女らには何の悪気もなくても、僕らは集まって巨大化した女性の感情に対して恐怖を覚える生き物なのだ。
「いや、無理にとかはないけどさ、恵田結構男子どもとそういう話で盛り上がってんじゃん?だから好きな子とかいんのかなーって。」
「あ…いや、その…。」
みるみるうちに恵田の顔が赤面してゆく。そりゃ普段みんながいるところで男子が集まって男子特有のノリで会話する彼らにも非はあるのかもしれないが、これは酷い仕打ちではなかろうか。
流石に何人かは、自分たちを客観視したようで、
「可哀想だよ。」
「恵田、もう大丈夫だよ。」
と、彼を解放しようとするが、全員には届かない。
すると、
「…あの!」
「うわびっくりした。」
「い…います!」
「え?」
「います。好きな人。」
「えーー!」
(まじか。いくのか恵田。漢見せちゃう感じか。)
「誰?誰?」
今まで辞めさせようとしていた子までもが、野次馬精神で傾聴している。
当の恵田は紅潮していた顔が、今度は緊張と、躊躇いの混じったような表情で、青褪めている。
「お、俺の好きな人は……。」
「…………。」
「…………。
「やっぱ……。」
「やっぱ……?」
「やっぱ言えない!!!」
「あ、逃げた。」
もう耐えられないとばかりに、恵田は走って逃げ出した。
無理もない。
僕も飛び火が来る前に、忍足で教室のドアへ接近する。
「えー!何だったの今の間は!気になるじゃない!」
「かわいかったねー。」
「ほんと。」
「もう一人、男子いるけど。」
「「あ。」」
やはり逃げられなかった。
「籠は?」
「……なんの、ことでしょう。」
「ずっといたじゃん。どうなのよ?そのへん。」
「確かに、籠って全く恋愛とかの印象ないね。」
「籠って恋とかどう思ってるん?」
(……仕方がない。ここらで腹を括ろう。)
嫌悪感。
それが僕の、「子供の恋愛」に対する最も近い言葉、だと思う。
でもそれを言うと人に厭われてしまうから、ずっと素知らぬふりをして、訊かれたらはぐらかしてきた。
自分が和を乱す人間だと分かっておきながら、やはり奇異の目を向けられるのは怖いから。
でもそれによって、さっきの恵田のように虐げられる人がいるなら、少しくらいは、僕の薄汚い価値観を吐き出してみよう。少なくとも、この子らの価値観は変わるかもしれない。
(ああ、そうか。僕は腹立たしかったんだな。きっとムカついたんだ。)
どうせ僕は気持ち悪い人間なんだから、気持ち悪がられてやろうじゃないか。
それで誰かが助かるなら躊躇うこともあるまい。
「気を悪くしたら申し訳ないけど。僕は、くだらないと思う。」
僕にしては珍しく、澱みなく断言した。
やっと大事めの模試が終わったので、、、。
また明日からがんばるます。
これ読んでくれてる物好きな人も頑張って!




