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24話

自分の剣道部の持ち場から直接駆けつけてきたのか、仙龍の肩や頭には紙風船がつけられたまま(これを子供に叩かせるのだろう。)で、滑稽な様子に鬼のような形相が張り付いている違和感は凄まじかった。


「俺の……俺の友人に何をしている。」


仙龍がそこまではっきりと言い切ってしまってから、

僕は抱えていた違和感の正体に初めて気づいた。


(俺……?)


仙龍はいつも自分のことを指すときは「自分」とか、状況的に不自然なときは「僕」を使う。

一年生の時、初めて会った時から、

粗暴な言葉を使ったり、荒くれた様子は殆ど…いや、

一度たりとも見たことがない。


だから自然と思い込んでいた。

この心優しい昼行燈の坊主頭は、

怒ることなんてないんだと。

一生、仏のような微笑みを携えたまま死んでゆくような人なんだと。

それが今は。


「今度はなんだよ……何?お前もこいつの知り合い?」

「友人だと言ったのが聞こえなかったのか、下臈。」


声色こそ落ち着いてはいるものの、子供の時大人に怒られたような、そんな無力感を与えるほどの圧を持って仙龍は一歩、また一歩と近づいてくる。

仙龍は怒っていた。

僕が見知らぬ三人の男に抑えられ、あわや一生消えぬとも知らぬ傷をつけられようとしているまさにその局面に際して、

仙龍は静かに怒り狂っていた。


それでもなお、一度は怯えかけた輩達は、僕という前例があるからか、はたまた自棄になっているのか、食い下がろうとはせず、僕を殴った男が負けじと仙龍に詰め寄った。


「この子が先に喧嘩売ってきたからちょっと教えてあげただけじゃん?君関係ないからさ、消えて?」

「三対一でか。」

「…は?」

「俺の友人を三対一で痛めつけたことに、貴様等は卑怯とも愚劣とも思わんのだな。」

「いや、だからこの子が先に…。」


仙龍の目がギラッと光る。


「屑だな。貴様等は。」

「…あ?」


男の眉がピクッと反応する。相当癪に障ったのだろう。

そして僕の時と同じように、仙龍の胸に手を伸ばす。

しかし僕の時とは違って、今度は両の手で仙龍を締め上げようとする。


「急に出てきて何イキってんの?お前もこいつみたいに……っ!?」


が、最後まで罵ることもままならない。

今まで自分たちを大きく見せることに必死で

気づかなかったのだろうが、手を上げようと仙龍の身体に触れて初めて、その鍛え上げられた強靭さに気づいてしまったのだろう。

両の手腕で襟を掴んで、仙龍の体を空かせようとするが、

一寸も動じない。

男の表情に明らかに、僅かな恐怖と、取り返しがつかないかも知れないという茫然の色が浮かび始める。


「他校の文化祭に来るは良いが、まともに楽しもうともしない。」

「ぐっ!?」


仙龍は自らの胸に当てられた腕を片の剛腕で掴み、例の驚異的な握力(2年の初めの身体測定では68kgで、雅歌にゴリラだと恐れられていた。)で捻り上げ、掴んだまま徐に相手の胸元へと突き返す。


「果てはうちの女子に迫った挙句、俺の友人に怪我をさせた。」

「ひっ。」


相手の胸元を押し付けたまま、一歩一歩迫ってゆく。

そしてとうとう、相手の男は腰が抜けたのかへたっ、と地に座り込んでしまう。

まるでさっきの僕自身を見ているようだ。


「貴様等のような脳足りんが。」


とどめを刺すかの如く、仙龍は腰を落とし、座り込んだ男の目を覗き込みながら告げる。


「大手を振って歩けると思うな、チンピラが。」

「…………。」


僕を押さえる二人も、座り込んだ男も、僕さえも、呆気に取られてものが言えなかった。

と、不意に仙龍がこちらを向く。


「……離せ。」


僕の腕と、身体を抑えていた手がさっ、と離される。

その衝動で躓きかけるが、駆け寄った仙龍に支えられる。


「夏草、大丈夫?」

「え?…あー…うん。大丈夫…。」

「そっか。……おい。」


呼ばれた三人の顔には、先程よりもはっきりと怯えが伺えた。


「失せろ。今度限りは警察沙汰にはしないでおいてやる。」

「………。」


仙龍の言葉が理解できないのか、まだ何か言い返したいのか、三人はたじろいだまま動かない。


「失せろっ!!」


耳をつん裂くような鋭い方向が響く。

一番近くにいた僕の被害が最も大きかったような気がしないでもないが、三人組は萎縮して、漫画のようにとはいかないけれど、立ち去っていった。



「あの、仙龍…。」

「ごめん!」

「…え?」

「助けに来るのが遅くなって。もっと早く気づければ…!」

「いや。助けに来てくれただけでもありがたいよ。」

「でも、殴られてるじゃないか。」

「まあ……これは…。」

「殴らせてしまった。友達を怪我させた。その時点で、自分の鈍さの負けだ。本当にごめん。」

「そんな……。」


強く否定したかったが、本人の意思がここまで強いのと、僕も心身をやられて頭が働かず、うまく言葉にできなかった。


「とにかく…ありがとう。…そう言えばどうやって気づいたの?」

「涙川さんが伝えに来てくれたんだ。」

「涙川さんが……そっか……。」


仙龍の声はいつもの優しい声色に戻っていた。


「さっき真っ先に自分のところへ来て、それから先生にも伝えに行くと言っていたからそろそろ…。」

「おーい!籠ー!大丈夫かー!」


折も折、噂をすれば校舎の方から溌溂なこれを響かせて酒井と、その後ろから涙川が走ってきた。



その後のことは、なんだかぼーっとしてしまっていてよく覚えていない。

きっと、張り詰めていた心が緩んで疲れていたんだと思う。

酒井と、校長のいるところで事情を話して、大丈夫だと言ったけれど、保健室で殴られたりしたところを診てもらって、しばらく休んでおくように言われた。


(心配を…かけてるだろうか。)


この大事な時に約束通りにクラスに戻れない。

シフトが変わって、あとのことは仙龍にお願いしたけど。

大して働いてもないのに、迷惑をかけて、衣装もダメにしてしまった。


みんな、僕のことなんぞ忘れて、心配なんかもしないで、

何もなかったかのように楽しんでくれてるといい。

そうだ。きっとそうだ……。


_____________________________________________


ほんのりと、体全体を包む温かい空間から、浮かび上がる。

焚き火を見つめているときのように、ぼやけた意識が立ちどろころに晴れてゆく。


…しばらく眠っていたようだ。

普段寝つきが悪いもので、こうやって麻酔をかけられたように眠りに落ちたのはいつぶりだろうと思いながら体を起こす。

保健室にかけられた時計は、15時30分過ぎを指している。

あと一時間と少しで、文化祭の1日目が終わる。


ああ、そうか。今年は、こんなふうに終わるんだな。


ガラガラっと扉の開く音がした。

保健室の先生だろうか。あるいは酒井かな。

様子を見にきたんだろう。

あくまでも元気だと伝えるために、半身を起こした状態で来訪者を出迎える。

しかしそこに現れたのは、手にスポーツドリンクを抱えた涙川だった。


「なつくさ君…?あ、起きてる。もう、大丈夫?」

「ええ。元々大したものではないし。」

「そっか。よかった…。……あのとき、助けてくれて、本当にありがとう。」

「僕は…何もできなかったよ。全部、仙龍がなんとかしてくれた。」

「そんなことないよ。なつくさ君が来なかったら、私どうなってたかわからないし。」

「涙川さんが、あー……。」

「?」


涙川さんが無事ならよかったよ。

そんなかっこいい台詞を言おうとしたけれど、僕がいうにはあまりに高尚だという思いにブレーキをかけられ、


「その……なんだ…お綺麗だからじゃないですか。」


そんなことしか言えなかった。


「え?…ふふっ、何それ。」

「はは…。」

「でも大きな怪我がなくて本当に良かったよ。なつくさ君が私に逃げろって言ったとき、私、また身の回りの人が傷つくんじゃないかって、すごく、怖かったから。……あ、そうだこれ持ってきたんだけど、飲む?」

「あ、はい、いただきます…。」


「また」という言葉が気になったが、これを言ったときの彼女の切なそうな表情を思うと、掘り下げる気にはなれなかった。

間を待たせようと、もらったスポーツドリンクに口を付ける。


「あ、それ私が飲んだやつなんだけどね。」

「っ!?!?」


危うく持っていたペットボトルを遠投するところだった。


「何をっ…!?」

「うそだよ。」

「!!」


嘘かよ。確かに新品に口つけてるわけないよな。


「びっくりした?」

「そりゃあもう。」


涙川は立ち上がって出口の方へ歩み寄る。

そして振り返って。


「元気なさそうだったから意地悪しちゃった。じゃ、またあとでね!」

「あ……。」


僕の返事も待たずに、ドアを閉めて行ってしまった。


行ってしまってから、少し心が軽くなっているのに気づいた。


嵐のように来ては、花のように僕を魅して、

また嵐のように去って行ってしまうのだ。









こんなよくわからん時間に投稿してアレですが、、、

仙龍君は読書が好きなので使う言葉が古かったり固かったり、、、

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