23話
「君、髪派手だねー。」
「あ、あの…まだシフト中なので…。」
僕は未だ動き出せずにいた。
なんとか声を掛けなければいけないとはわかっている。
でも、もし知り合いとかだったら…。
これで勘違いして出て行って迷惑がられたら……。
あるいは三対一で詰め寄られたら……。
色々な思考が僕の一歩目を地に貼り付けて離さない。
(僕はどうするのが正解なんだ……何か…何か確証はないのか…。)
なんでもいい、動け、動け、動け……。
「可愛いかっこしてんねー。それ衣装?」
「すみません、友達が待ってるので…。」
「あ、ちょっと待ってよ!」
あっ、と小さく声を漏らす。
男の中の一人が咄嗟に涙川の腕を掴んだのだ。
(……超えた。あれは、一線を超えた……!)
行かなきゃ。隠れている校舎の外壁を掴む手に異様に力が入り、ざらざらとした表面を押し付ける指が紅潮している。
「は、離してください!」
「わかった、わかったからさ!連絡先だけ!ね?」
「……あの。」
「「!?」」
僕は足の震えを抑えながら、ゆっくりとその三人に近づき、
声を掛けた。
涙川に気を取られて全く気づかなかったのか、
三人はひどく驚いて、独楽のような勢いでこちらを振り向き、そのすぐ後には、安心したような、
小馬鹿にするような顔つきで、
うすら笑いを浮かべて見下していた。
涙川は、きょとんとしたような目つきで僕を見つめている。
意外にも、表情には余裕が残っているようだった。
「……何?」
「その…人、僕のクラスの人で…。」
「あ?だからなんだよ。」
なんとか言葉にするものの、実際は心臓の鼓動に完全に支配されて、頭が真っ白になっていた。
「あの…まだ……働く、時間で…その…。」
「はぁ?聞こえねえよ!」
今度は別の輩から怒号を突きつけられる。
普段こういうことに慣れていないので、殆ど呆気に取られて二の句を継げなくなってしまった。
「おい、こいつ黙っちまったよ。」
「無理ないって、こんなゆうとうせいな私立に通わされてるガキだろ?」
「おいなんか言えよ。言ってみろよ!あ?」
(………そうか。この人達はあそこの公立高校の生徒かな。)
そういえば誰かが、治安悪くて文化祭に女子目当てでくる輩がたまにいると言っているのを聞いたっけ。
一度怒鳴られてしまうと、今度は不思議と頭が冷えて冷静になってゆくのが自分でもわかった。
彼らが持っている揃いのバックに目を遣ると、高校の名前と部活が書かれていた。
体格を見ても、ごついと言うわけではないが、
全員僕より背が高く、日焼けしていてそれぞれ顔立ちは整っているように見えた。年は僕より上かもしれない。
やはり、こういう連中は仲間がいるとより攻撃的になるのか、示し合わせたように三人で詰め寄ってくる。
さしずめ、部活の帰り(時間帯的に抜け出してる?)に立ち寄って、適当に声を掛けて遊ぼうという魂胆だったのだろう。
さっきの言動からしても、きっとこういう無理矢理な軟派は一度や二度じゃないんだろう。
(勿体無い。頭が悪くなきゃあ、さぞもてはやされたろうになァ。)
と、心の中で毒づくくらいには冷静ではあった。
それでも、言い返せる勇気があるのとは訳が違う。
先刻からちらちらと目配せをして、誰か知っている教員や知人が通りかからないか見回しているのだが、一向にその気配がない。
さっき、一度引き返して誰かに声を掛けてからこちらに来なかった自らの浅慮を嘆く。
と、今まで他に気を取られて気づかなかったが、僕が男達と話している隙を窺って、涙川が僕の後ろに回って一歩離れたところからこちらを見ているのに気づいた。
「なあ、どうなの?ことばわかんないの?お前。」
「…わかりますよ。」
「ふーん、じゃあどいてくんない?俺らその子と話してるから。」
「いえ。」
「は?」
僕は一瞬だけ涙川に目配せして、同時にこっそりと左手を二、三回払う素振りをして、涙川にここを離れるよう促す。
でも……と暫く戸惑っていたようだが、僕が男達に囲まれている間に、少しずつ距離をとり、やがて走り去って行ったようだった。
安心した、という気持ちと同時に、少し悲しいような物狂おしさに襲われて、そして……冷めた。
ここ暫く抱いていた、彼女への期待のようなものが、
すっと、薄れていくように感じた。
(もう、大丈夫。)
あとは、一人。僕と、君たちだけだ。
「…退きません。」
「なんだよお前。急にきしょいな。」
「あれ?あの子いなくなってね?」
「あ!うわほんとだ!はあ〜、お前さぁ、どうしてくれんの?俺ら今日しか来れなかったのにさぁ。」
「ぼ、僕の…知ったことでは…ありまsっ…!!」
腹部に、衝撃と、鈍い痛みが広がる。
それが膝を入れられたものだと認識する直前で、今度は胸ぐらを掴まれて、頭が揺さぶられる。
「何?もっかい言って?」
「ちょ、お前それはさすがに……。」
「いーんだよ。こういう舐めたやつは一回くらいこういうのけーけんした方がさ。な?」
「…………。」
まさかここまでとは。
手(足だけど)を出されるとまでは思ってなかったので僕はひどく動揺して、今度は痛みへの恐怖で、体と頭が硬直する。
「何?のこのこ出てきて女の子まもれたーって勘違いしてんの?」
「そんなことは……。」
不意に、ぱっと胸ぐらを離されて、
僕は後ろに尻餅をついた。
尻餅をついたのなんて、何年振りだろう。
僕は蹴られたことよりもむしろ、今こうやって座り込んで見下されている状況に、何かある尊厳のようなものを弄ばれているような気がして、初めて猛烈に怒りが湧いてきた。
暴力に訴えようとするのは、普通なら野蛮で、安易に取るべき手段ではない。
でも、今僕は立ち上がらなければいけないと思った。
立って、一発でもこの敵を、殴ってやらないといけないと思った。
ここで蹲ったら、僕は、僕を本当に許せなくなる。
そう、確信した。
「よくも……!!」
「うぉっ!?」
僕は立ち上がるなり俄かに駆け寄って、僕の胸ぐらを掴んだ男を押し倒そうとした。
しかし、他の二人に止められ、羽交い締めにされた挙句、
地面に組み伏せられてしまった。
その拍子に、衣装の一部がぶちっ、と音を立てて破れたのが聞こえた。
脳裏に、作ってくれた百山の顔が過る。
また、強い怒りが押し寄せるのかと思ったが。
やってきたのは、無力感と、諦めだった。
もう、どうでもいいか。
「びっくりした〜。ったく……。ビビらせんな、よ!」
「……!!」
言い終えると同時に、組み伏せられている僕の腹部に蹴りが入る。
「あー……萎えたわ。こいつで二、三発殴ったら別んトコいこーぜー。」
「いや、俺は、いい……。」
「俺も……殴んのはいい。」
「……あっそ。じゃちょっと抑えとけよ。」
(怖い。痛い。あと何回だ。あと何回でこいつは気が済む?…いや……まあ。いいか。好きなだけやらせれば。)
ぼーっとした頭で、昨日の準備から、今朝のことまでを繰り返す。
みんな、楽しんでるだろうか。
あんなに頑張って準備してたんだから、報われてるといいな。
(僕には、これくらいがちょうどいいって、ことなんだろうか。)
得意の、諦めを含む自虐的な笑みが口元に溢れる。
「あ?…何ヘラヘラしてんのお前。」
「いや……好きなだけ、どうぞ。」
「おい、もうやめた方が…。」
「あー…やっぱむかついてきたわ……そだ、服でも脱がせてあっちのひと多いところに」
「おい。」
その場にいた全員が多分、ゾッ、としたと思う。
感情を殺してほぼ虚無に浸っていた僕でさえ、
鳥肌が立った。
背筋が凍るような、ドスの効いた声。
聞いたことのあるような声だが、誰だか思い出せない。
男達は、声の方を探してきょろきょろとしている。
僕は、一番悍ましい気配のする後ろの正面を、恐ろしいものをみるようにゆっくりと振り返る。
「何を……俺の友人に何をしている。」
そこに立って、いつもの眠そうな表情を
かけらも感じさせない、
今まで見たことのない鬼のような形相で
こちらを睨め付けるのは、他でもない。
星黎高校第75代剣道部部長、荒幡仙龍だった。
次回、ス○ッとTV 杜隯SP!
乞うご期待!
って言ってるけどこの小説読んでる人いるのかな、、、?




