21話
体育館の照明は、正面のステージのみが着いており、
その中は、1500に及ぶ若者達の熱気と期待も相まって、
体育館に入る際には、その明暗はまるで巨大な蛇が中で蠢いているようにさえ感じられた。
学校という、特殊な日常の中で成されたその生態系。
その繋がりが強く働き、若さが拍車をかけて作り上げる庭。
人生でたった三度だけ、咲き狂う管丁字。
彼らは、きっとその愛おしさを知っている。
前述の通り、ここの人達は身内贔屓を抜きにしても、
賢い人が多い。
それはただテストで点が取れるとか、
いい大学に行くということではない。
それは、人として生きてゆくということの
長さと、短さを弁えているということ。
そして、身の周りの人の大切さや、その人達との出来事が
後々思い出になった時、それがいかに美しいものかを
知っている、知ろうとしている、ということである。
だからここには、とても進学校とは思えないほど、
行事や勉強以外の活動が盛んにあり、
それゆえに学校教育の画一化や、勉学本位の学校の在り方が
叫ばれる今なお、OBやOGの、
「生徒から夢を、豊かさを奪うな。」
という声が強く、昔から体制がほとんど変わらずに
きているのだという。
僕としては、第一志望に落ちて入った高校だが、
我ながらとても良いところに来たものだと、
今では思っている。
例え僕が穢れた存在でも、こうやって強く美しい人達の中にいられたら、せめて、丁寧に生きようと思えるから。
「改めまして、第八十ニ回星黎高校文化祭、開会式を始めます。」
おおお、という男子の声や、拍手が立ち起こる。
僕も合わせるように適当に手を叩いていると、隣の椅子に腰掛けている仙龍が訪ねてきた。
「あれ?第八十二回ってことは、八十二年前からあるってことだよね。まだ日本戦時中だったんじゃないの。」
「確かに。当時がどんな感じだったかはわからないけど、そんな余裕があったとは思えないな。」
「あら、二人とも知らないの?」
丁度左の女子列に座っていた安積香が反応した。
「昔何回か―災害とか、病気とか、なんかの原因で―中止になった時に、別の時期に開催されたりしたらしいわよ。
だから実際に開催してなくても名前だけ残ってる回があるから本当の歴史はもっと短いんだって。」
「「はぇーー。」」
よく知っていたものだ。
「それ、どっかに書いてあったの?」
仙龍が感心まじりに問いかける。
「いや、あの阿呆が……ってあれ?アイツはどこ行ったのよ?」
アイツって…ああ、雅歌か。
見渡してみるが、うちのクラスの列のどこにも見当たらない。この期に及んでトイレにでも行っているのだろうか。
何か彼なら面白いタイミングで登場しそうだな。
ちなみにこのやり取りの間、開会式のトップバッターとして、校長の長い話もとい催眠術が全校生徒に襲いかかっていた。
ことに、朝早くから準備に取り掛か立ていたものは
大方が撃沈している。
「えー……校長先生ありがとうございましたー…って…長えよ……。……さあ!気を取り直して、今年の開会式も、例年の如くこの日のために懸けて準備してきた有志団体や生徒が盛り上げてくれます!まず第一組目は、星黎学園ブレイクダンス同好会!よろしくお願いします!」
わあああ、っと会場が盛り上がる。
きっと、あそこで極めて目立った盛り上げ役をしているのは、出演者の知り合いやクラスメイトだろう。
この文化祭の開会式では、事前に申し込んだ団体や個人が
、こういったダンスや音楽、果ては手品に至るまで、あらゆる特技を持った人たちが祭りの先陣を切って盛り上げてくれる。
これは一般公開されないが、生徒達にとっては例年目玉の一つなのである。
そこからは様々な演目や芸が繰り広げられた。
先鋒のブレイクダンスから、空手部の演武、軽音楽部のJポップコピーや、ヒューマンビートボックスチーム、三年の先輩による漫才、そして僕は最近のものに疎いが、ペンライトを持って踊るヲタ芸?(初めて見たがとても綺麗だった)など色々だ。
「―ありがとうございましたぁ!」
「聞いてくれてありがとぅ!!」
いかにもモテそうな先輩達のギターバンドの演奏が終わり、
会場の熱気が最高潮に達しているのが、肌で感じられた。
僕はチャラそうな人がチヤホヤされるのでちょっと不貞腐れて、拍手を小さめにしてやった。
どうせそれでも大勢から貰うんだもの。
ちらっと隣の仙龍を見ると、ステージが始まった数刻前の眠たげな目を爛々と輝かせて(それでも眠そうではある)、
「すごいねえ。」
「立派だねえ。」
「綺麗だなあ。」
と、演者が変わるたびに褒め称えて続けていた。
それを見ているとさっきの僕も恥ずかしく思えてきて、
少しだけ目を伏せていた。
「―さて、次がいよいよ最後のエントリーです。
えーと…本来はですね…パンフレットに記載していた通り、
激坂46愛好会がトリを務める予定でしたが……
急遽出場を辞退し―。」
会場がざわつか始める。さっきまでの盛り上がりに水を差されたのか、ところどころから不満そうな声が聞こえる。
中には三年の方から、
「おいシラけさせんなや!」
という怒号も聞こえてきた。
少し羽目を外しすぎてやしないか?
「えー…辞退の理由をですね、えー…代読させていただくとー、『我々は、激坂のファンであることに誇りを持ち、それをみんなに伝えたく申請したが、そもそも我々は踊ることも、歌うこともできないのだった。』だそうです。なんのこっちゃ……。」
余計なこと言わなきゃいいのに。
会場には火に油を注いだように不満が伝播する。
「だ、大丈夫です!我々で今朝ですね、急遽代役を見繕いました!本来ライブステージで出演する方に声をかけてこちらに来てもらいました!」
「なんだよそれ、そんな中途半端ことで俺たちの最後の文化祭が―」
ポーーーン………………
それまで騒がしかった場内が、予期せぬ1音で一斉に静かになる。
大きすぎもしない。小さくもない。ささやかな1音。
ポーーーン………………
なんだろう、この音は。
どこだ、どこから聞こえてきた?
……いや。
知っている。僕らはこの音を知っている。
多分僕らにとって最も身近な、美しい、繊細な音楽の象徴。
気づいたほとんどの全校生徒の目が、一点に集まる。
ステージの脇の、今まで幕でほとんど隠れて意識されなかった、黒さが一際質量を感じさせる荘厳な台。
上からのライトを浴びたそれは、光が逆にその漆黒を黒光りさせて、まるで立ち尽くす一頭の巨大なサイのように見えた。
そしてそのサイに軽く跨り、力を少し抜いて項垂れるように頭上のライトを見つめるているのは、
遠目で見ても紛れもなく、彼だった。
「アイツ、なんで……。」
度肝を抜かれたのか、安積香が呆然としている。
僕も今彼があそこに座っていることに驚きこそしたが、
ライブステージに出るというのも聞いていたし、説明もあったのでわりとすんなりと受け入れていた。
でも、それからだった。
彼の異常なまでの才と光が、その場の全てを魅して呑み込んだのは。
彼は生徒達には目もくれず、
ふうーっ、と息を吐いてから鍵盤に向き直り、
そっと、そっと、とても愛おしいものを愛でるように優しくその完成された不完全なオセロに手を添える。
一瞬、雅歌の瞳が見えた。
そして震えた。ある意味では慄いた。
僕はあの、狂気に満ちた美しい瞳を。
「芸術家」の眼差しを忘れることは、一生ないだろう。
ピアノ習っておけば良がっだ、、、!!(涙目




