20話
東京都 私立星黎學園高等学校。
明治に創立された旧制中学を前進としており、地域に根差す伝統校でありながら、第一級とまではいかなくても中々の進学校であり、自由な校風と数あるイベントを求めて各地から学生が集う。
その生徒数は一学年500名ほどで、全体で1500人程に上る。かつては附属中学が存在したらしいが、現在では廃止され高校のみとなっている。
そしてその文化祭は、毎年二日間に渡って一般公開という形で行われ、卒業から地域の人や県外の高校生まで多くの人が訪れるイベントであり、例年二万人弱の来場者が訪れる。
僕が去年初めてこの文化祭を経験した時も、高校生主体のイベントにしてはかなりの規模に驚かされた。
特に地元の方では、文化祭なんて言ったら、少し企画して学内でちょっと盛り上がるだけの出来事だと思っていたものだから、そのギャップに圧倒されたのもある。
そして今日はその記念すべき一日目。
早くに最後の準備をするというので、始発の電車に乗合わせようと早朝四時半に目覚ましをかけたものの、目覚ましが時を告げる5分前にふっと目が覚めてしまった。
しかし不思議と眠気はなかった。
いそいそと手を動かして準備を整える。
お世辞にも綺麗とは言い難い洗面台で、お世辞にも端麗とは言い難い自分の顔を洗い、寸分の間自分と睨めっこをする。
輪郭を水が伝うその十人並みな顔の、憎たらしい目つきは、
(ただ疲れているだけかもしれないが)高速道路の反対車線を眺める子どものように、何か、得体の知れない中間間を望んでいるようだった。
「お前は、楽しみなのか?」
「……。」
鏡の中の僕は答えない。
「お前の心は、動くのか。今更。」
「……。」
「あんまり燥ぐなよ。…終わったら、何も残らないんだ。」
「……。」
「今まで普通に楽しんで、普通に人と過ごせなかったんだから。…あんまり燥いで、後で辛くなるのはお前だからな。」
「……。」
「せいぜい人間の真似事でもしてろよ。…躁鬱病患者が。」
「……。」
…本当の鬱病の人はもっと辛いだろうに。
それがわかっていても自分をこうやってしか律せないのは、
自らの幼さゆえか。はたまた最後に残った自尊心の残り香ゆえか。
そこまで言い切ってしまってから、脳裏に突然、微かではあるが、あの人の…あの白と桃色の枝垂を携えた後ろ姿が浮かんできた。彼女は先日の校門の前、そのほのかに色づいた景色の中に立っていた。
それを思い出させたのが僕自身なのか、鏡の中の僕なのか。
(…また、あのひとか。)
そういえば、二日目の午後はあの人と一緒にいるんだっけ。
何を話せばいい?何を話せばまともでいられるだろう。
また、壊れてしまわないと良いな。名前も朧げな誰かの時のように。
そうやって耽っていたのも二分と経っていない筈だが、再び僕の耳にそれまで流しっぱなしだった水道の音がはっきりと知覚されるまで、ずいぶん長かったように感じられた。
その錯覚ゆえか、僕はもう一度顔を顔を洗ってから慌てるように家を出た。早起きしたのに電車を逃すなんてのは、あまりに滑稽だ。
「お、籠きた。」
「おはよう。」
まだ暗い中校舎に入り、さまざまに飾り付けられた廊下を辿りながら自分のクラスに入る。他のところも、ちらほらと人が集まって準備が始まっているようだ。
僕のクラスにも家が近いと思われる4、5人ほどが既に登校していて、昨日のうちに仕上げたカフェの内装の舗装や、小道具の配置などを行っていた。その中でも、家が徒歩圏内である三上という女子が僕に気づき、挨拶してくれた。
彼女の相貌は既に困憊の色を見せていて、目元には(僕の勝手なイメージでしかないが)女子高生らしからぬ立派な隈が浮かんでいた。一体いつから作業していたというのか。
「早いねー。結構遠くから来てるんでしょ?」
「まあね。1時間半くらい。」
「うそ!?よく来れたね〜この時間に。」
「三上さんは…何時からいるの…?」
「私?私はほら、家が近いからさ〜余裕のよっちゃんで…
朝のー…3時くらい?からいるかなあ…。」
「さっ…3時…。」
ことも無げにそういってのける表情は、勿論疲れもだが、それとともに、ある種の充足感と、美しい無鉄砲を惜しげもなく振り撒いていた。
(ああ、若いなあ。流麗で膨大だ。)
僕とほとんど同じ長さを生きている筈なのに、僕はこの若さを、走は続ける中のどこかで間違えて(それとも自ら望んで)捨て置いてきてしまったのか。
或いは、自分の中のそれから目を背けていることから、亦目を背けているのか。
「とにかく!今ちょっと人手欲しかったから、手伝ってくれる?」
「ええ、勿論。」
とは言っても僕も今はこの中の一員だ。
ぐだぐだいう前に動かすべきは手。
昨日のうちに準備したはずのものが壊れていたり、配置が間違っていたりで、案外にもやるべきことは多く、忙しい時間が続いた。
開会式は体育館で揃って8時からなので、
ないと思うほど寧ろ時間が融けてゆくようだった。
それからは現場監督の蓼久保、百山(例の「衣装」作りで忙しいそう。ちなみに僕の分はまだ渡されてない。)や、雅歌、安積香、そして涙川もやってきて
大体7時ごろになると殆どの人員が出揃った。
「あの…籠…君。」
「…ん?百山さん、どうしたの。」
「…これ、籠君の分の衣装なので、確認して…というか、一旦着てもらえると……。」
「ああ、はいはい。」
ちなみに接客は、積極的にやりたいと言った数名の他は、公平(?)に阿弥陀籤で決められた、女子8人、男子8人。それらの人々がシフトを振り分けられて、二日間を乗り切ることになっている。他はみんな裏方だ。
百山から渡された衣装というのは、勿論全て揃っているものではなくて、元々の制服を活かしながら、それらしく見えるようにデザインされたものだったが、中々どうして、僕の素人目には驚嘆を伴って見えた。
「すごいね、これ。みんなの分作ったの?」
「えっと…籠君の分は…特に希望がない感じだったから…その…荒幡君、とお揃いで、タキシードみたいなフォーマルな感じで…。」
「はぁ…これを男女16人分とは…。」
衣装部隊の人員と経費が明らかに目立っていたのも納得だ。
ちなみに僕と仙龍以外は何らかの要望を付け加えて、それぞれの個性を出しているらしく、僕と仙龍だけ量産型みたいな見てくれになってしまった。
……誰が型落ちじゃ。
ここだけの話、当初、女子の衣装については、ノリのいい女子達と監督の蓼久保との間で、
「え〜、いいじゃん、ちょっとくらいさ〜。」
「だめです。」
「普段のスカートの方が短いしー。彼氏も見にくるって…ねぇ?」
「いかん。全く以て容認し難い。露出、ダメ、絶対。」
「なんだよー、石頭ー。」
というやりとりが行われたのもあって、とても安全で目に優しいデザインになっている。僕にとっても少し気が楽で助かる。
……まあその後蓼久保は一部の男子に血眼で睨まれたそうだが。
「みんな遅れてごめん…って、もう終わっちゃったか。」
そこへ、やっと朝練を終えた仙龍が合流して、クラスの全員が揃った。
「仙龍、お疲れ。」
「いや、自分も全く手伝えなくて申し訳ない。」
「荒幡君、大丈夫だぞ。君にはシフトの分しっかり役割があるからな。」
気づいた蓼久保もこちらへきて声をかける。
とその時、
「まもなく、第八十二回、星黎高校文化祭開会式を行います。生徒の皆さんは体育館に集合してください。繰り返します―。」
とアナウンスが聞こえてきて、準備が間に合ったことへの安堵と、大事が始まる前特有の、劇場の開幕前のような静謐で大きな高揚に任されるまま、僕たちは体育館へと歩き出した。
これが20話でした、、、投稿し間違えてました。
すみません、、、。




