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18話

涙川と二人で最寄り駅の反対側までおよそ十分ほど歩いて、

食品や日用品の売っている商店街までたどり着いた。

意外にも、この間に会話は少なく、

話が弾むということはなかった。


てっきりさっきの学校のテンションのままやりとりを

続けるものかとも思っていたが、並んで歩いていても

特に表情の起伏が感じられず、何度かさりげなく顔を伺ってみたが(ちょっとキモかったかもしれない)、

その度にこちらの視線に気づいて「ん?どうかした?」

と聞かれるだけだった。


それから、頼まれていたガムテープやカッターなどを

揃えたものの、クラスの人が言っていたユザワヤは

西日暮里の駅前のことではなかったらしいことに

散々歩いた挙句気づき、結局別の店で条件に沿うものを

見繕う羽目になった。

これには流石の涙川も苦笑していた。


「あの子たちもノリで会話してるからね……。」

「勘弁してくれ……。」

「ま、大体のものは買えたんだからいいんじゃない?」

「荷物の量が半端じゃないんですが…。」

「まだみんなの分のお菓子も買うんでしょ?ひとりじゃそんなに持てないって。とりあえずそれ半分持つよ。」

「いや、まだ大丈夫ですっ。」


現在は荷物の大きい荷物の大半を僕が持ち、小道具類を

涙川に預けている状態だ。

最初から半分持たせようというのも抵抗があったし、

そもそも僕は定期的な運動もしていて体格自体は悪くないので、できるだけ僕が持って、持ちきれない分を預けようと考えていた。


「ほんと?……ならいいけど。」

「任せてくらさい。」

「…噛んだね。」

「…うん。」


こういう時にまともに言えないのも、まあ僕らしいと言えば

僕らしい。

結局、スナック菓子は涙川が持つことになった。


また暫く会話が途切れてしまった。

今度は行きとは少し違って、荷物のせいで余計に気にかけているのか、少しそわそわした雰囲気があったので、

少し(かなり)勇気をふり絞って、僕の方から話題を振ってみた。


「涙川さんは……。」

「うん?」

「…ど、どのあたりに住んでいらっしゃるんですか?」

「え?……ふふっ、どうしたの?急に。」

「え、あ、いや、その…会話を…してみようと、思って。今のはあまりに不躾でした。きもいですよねスミマセン……。」

「ごめんごめん、ちょっと言ってみただけだって。今住んでるのはね、大宮の方なんだ。」


案外近い所の地名が出て来て少し戸惑う。


「今年の夏にちょっと引っ越してさ。前は都内に住んでたんだけどね…。」


ここで「知ってます。」って言ったら引かれるかな。

何盗み聞きしてるんだって。

そういう不安を少し抱えながら、

会話を続ける言葉を必死で手繰り寄せる。

(これだから陰キャの脳味噌は、、、。)

どうしても声が、選ぶ言葉が、満足に決められない。

一人の時はもっと流暢なのに。


「あー…僕は熊谷の方に住んでて……。」

「知ってるよ。」


知ってた。そういえば言ったような気もするな。


「その、なんていうか、結構近いですね。」

「あれ、そうなの?」

「大宮から一本でまあ…40分くらい?」

「全然近くないじゃん。」

「全然近くないですね。」

「……ふふっ。」

「……ははっ。」


涙川の吹き出し笑いと、僕の乾いた笑い声が重なって、

少し気まずいような、それでいて気がほぐれたような、

そんな空気になった。


「でもそっか、たしかに一本で行けるんだったらそんなに遠くは感じないね。今度行っちゃおうかな?」

「……No.」

「Noかあ、そりゃ残念。」


どこまで本気かもわからない涙川の言動に振り回されて

会話のペースを握られながら、学校の近くまでやって来た。

あとはこの坂を登り、曲がり角を二つほど曲がれば校門に辿り着く。


「なつくさくんはさ。」

「はい。」

「文化祭、楽しみ?」


最初、質問の意図がよくわからなかった。

彼女は楽しみだと思っていないのだろうか。

それとも、僕がそんなに楽しみでなさそうに見えたのか。

あるいは…。


「まぁ、それなりには。」

「それなりかあ。さてはその感じだとあんまりイベントに

興味ないな?君。」


驚いた。僕はそんなにわかりやすい人間だったのか。


「興味がないというか…。こうやって準備してる時は、

まあやることもあるし。嫌いじゃないよ。でも…。」

「でも?」


……この先を言うのは少し憚られる。

これは実際に感じていることだし、僕の人生と性格上

「自然な」考えのはずだが、勿論側から見たら、

僻んでるようにも、稚拙にも思えるようなものなのは、

自分でも分かってるから。

正直あまり人に言いたくない。

言うべきじゃないとも思う。


でも前の、鯨の話をした時に、

この人は嗤わなかった。話を最後まで聞いていた。

僕から目を、逸らさなかった。

こうして今も話をしてくれる。

だから、この人には言ってみてもいいかもしれない。

僕の中の蛇口が少し緩んで、抑えの効かないそれらを

はっきりと知覚しながら、僕は口を開いた。


「あんまり僕には関係ないことだな、とは思うよ。」

「…そっか。」

「気を悪くしたら、ほんとにごめん。」

「ううん。でも、なんでか聞いていい?」

「なんで…かあ。そんなに大したものじゃないけどね。今まで、誰かと一緒にそういう…イベントごと?を楽しんだり、遊んだりした覚えがあんまりないし。」

「荒幡くんは?いつも仲良さそうだけど。」

「仙龍は……ずっと忙しいよ。今は本当に剣道部に全部を懸けてるんだと思う。僕もそれは…邪魔したくない。」

「そっか。」

「だから……何しててもさ。あんまり楽しいって思えないんだよね。勿論これは僕が悪いんだけど。」


家族や、友人のような、周りの人間というものは、

その人にとって世界に対する一つの写像だ。

人間はその形成に他者を要するものだから、

他者を通して見る世界も、勿論ある。

それが輝かしければ、きっと世界も輝かしく映るのだろう。

逆に、僕は自分で耳を塞いで、目を閉じてしまったから、

きっと、こんなにも色褪せてしまったんだろ。


「誰かと友達になるのは怖い?」

「いや、それ自体は全然好きだよ。でも、いつかは、分かり合えないところで擦れて、離れてしまうから。それで自分が傷つくのも。人を傷つけるのも、僕は嫌だ。」

「友達なんてそんなものじゃない?」

「そう、だね。それを割り切るのが普通なんだけど。僕は特別臆病みたいだから。よく、重いって言われるよ。…自分でもそう思う。」

「………確かに少し普通とは違うかもしれないけどさ。それは、なつくさ君の優しさだよ。少なくとも私は、そう思う。」


優しい、か。それは初めて言われたな。

相手を立てるお世辞だとは分かってはいるが、

この少女は本当に優しい言葉を持っているものだと感じさせられた。ありがたい限りだ。


「……ありがとう。」

「じゃあ、文化祭もシフト以外ずっと一人でいるの?」

「それは……ああ、まあ。」


文化祭を誰かと一緒に回るとか、そういう定番は

僕にとっては物語の一節のような話だ。

艶かしい享楽の舞台で踊るのは、楽しむことを許された

若い血潮だけで、十分だと思うから。




「じゃ、二日目。」

「え?」

「二日目の、午後。」

「午後が?」

「一緒に、回ろうよ。」

「……どうして。」

「どうしてって……。嫌?」



何故僕なのか?僕でいいのか?涙川は他にあてはないのか?

様々な疑問が頭を横切って混乱極まっていたが、


「嫌、じゃない。僕でよければ。」


なんとか声の出し方を思い出して、二つ返事だけ返した。


「よかった。」



その時、ちょうど学校に辿り着いて、先を歩いていた涙川が

校門をくぐって、ひとつ跳ねるようにこちらを振り返り、

したり顔とも言う笑顔で言った。


「じゃあ、()()()文化祭は、楽しみだね?」


その時は、僕が見つめる彼女とそれを包むこの世界の色が

いつもより、少しだけ澄んで見えた。


このところ急に暑くなって参りましたね。

今日は暮れにひぐらしが鳴いていたので

そんなに季節が過ぎたのかと戸惑いましたが。

皆々様もご自愛くださいませ。

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