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11話

「…ん……もう起きるか…。」


昨晩から今朝にかけては眠りが何だか浅い感じがして、

まともな睡眠をとった感じがしなかった。


(んー……)


寝不足特有の浮遊感も相まって、ぬるい海の水底から

浮かび上がるように、ゆっくりと、上体を起こす。

ベッドの隣のこぢんまりとした机―これは僕が実家から

持ってきたものだが―その上に設置してある時計は

5時と43分を指している。


生態時計というのはこれまた面白いもので、

普段から決まった時間に起きていると、

早起きもだんだんと苦でなくなる。

もともと僕は寝つきの悪く、目を閉じてから

最低でも30分は覚醒しているのだが、

特に眠れなかった日。

すなわち、

頭が考えるのをやめず、心が騒ぎ疲れ、

眠ることも起きることも億劫になってしまう夜。

その翌朝は大抵、こうやって決まった時間の少し早くに

起きてしまう。

無機的な虚無感を携えて。


(こんな早くに起きてもなあ……)


もっと、起きる理由を見つけるのが上手なら。

今日の、今日という日のために起きてみようと

思うことができたなら。


(みんなそう思って頑張ってるのかなあ。)


大人になったら。自分を縛るものを、自分で

決められるようになったら、そんな朝が来るのだろうか。

しかし実家にいた頃にテレビをつけてニュースを見ても、

大体大人ってのは辛そうだ。


まぁ実際辛いんだろう。

人為的なシステムの中で「働く」ほどに、

人は四次元的な感覚を失い、盲目的になってゆく。

個人の自我を前提とする近代以降では、つまり今でも、

「役割」を持つこと自体が、アイデンティティを破壊してしまうのだ。


それでも、その中でも、

人生の時間軸と空間軸を豊かに捉えて

人に優しく、時に厳しく生き、穏やかに死にたいと

思える人がいたら、そりゃあもうアニメの世界の住人か、

死を厭わない狂人のいずれかだろう。

だからいつも、大人って大変だと思う。

本当によく働き続けられるなとおもう。

そうなれないと思う僕はまだ、子供なんだろう。


或いは、心が壊れてしまったか。






「……い、おーい、夏草。そんな体制で寝てたら

腰悪くするよ。」

「…?……ふぁ?」

「ふぁって……。」


昼休下りの教室。今日は四限が自習だったので、

早めにコンビニで買った昼食を食べて、少しぼんやりとしていたら思い切り寝てしまっていたようだ。

ずっと机に突っ伏していたものだから、仙龍が見兼ねて

声をかけてくれたようだ。


「寝不足?昨日何時に寝たの?ただでさえ家遠いんだから

早寝しないと……。」

「悪かったよ。気をつけるってば。」


おかんか!と心の中で突っ込みつつ、

別に夜更かしをしたわけでは無いのに…と悶々させられる。ここで

「鬱気味で寝れない日がある。」

なんて言ったら何を言われるかわかっものでは無いし、

自分からそういうことを言うのも、

何だかどうしようもなく惨めなので黙っておいた。


「次の授業まであと何分?」


眠い目を擦りながら、さすが運動部というだけあって

米が中心で量の多い弁当を食べ進める仙龍の坊主頭を擦る。


「あと……15分くらい。」

「それ、食べ終わるの?」

「多分大丈夫、最悪遅れても先生遅れてくるから大丈夫。」

「おい。」


次の授業は5.6限通して芸術である。

このクラスは書道か美術で分かれていて、

仙龍は書道、僕は美術を選択している。


絵を描くのは…昔から好きだ。

僕にとっては、言葉よりも綺麗に、想像を表現できる。

その表現の過程の孤独が、とても静かで好きなのだ。

ここじゃないところにいる。いてもいい。そう思えるから。


「じゃあ僕は先に美術教室に行くから。

あ、今日酒井いないからホームルームないのか。

じゃあまた明日だね。稽古頑張って。」

「うん…まはあひた……。」


仙龍が米を口に入れたまま挨拶をする。

行儀悪いぞ!…今のは先に言った僕の所為か。


美術教室は少し離れていて、別棟の4階にある。

まだ少し早いので、ほとんど生徒はいない。

夏の面影を残しつつ秋を覗かせる昼下がりの陽光が、

そう感じられるように設計された吹き抜けを包んでいる。

そしてその中を、上履のつま先でわざと音を鳴らすように、

一段一段丁寧に階段を登ってゆく。

一つの斜面登り切っては体を切り返し、

次の斜面、その窓の奥行きを見つめる。


(いい、時間だ。)


物語なら、誰かに描写してもらえるようなワンシーンを

心の中にしまっていると、うまく言語化できない自分自身の

稚拙さえも、ひとときの静寂を味わうこの満足に

溶け出してしまう。


ガラガラッ


改装が入らず、建て付けの悪い扉を引き開け

油絵のペインティングオイルと、絵の具、

あとは少し木の匂いがする美術教室に立ち入る。


高校生が座るには少し小さい木の椅子を持ってきて、

自分がいつも座っているスペースを陣取る。

そのあとはいつも……ただ時間を待つ。


無駄な時間だと思う人もいるだろう。

外から聞こえる野球部の自主練の声や、風の音、

別棟から聞こえるかすかなピアノの音。

これらに耳を澄ませて、時間の流れを感じる。

世界の声を聞く。

それだけでも、ちっぽけな僕には十分すぎる価値なのだ。


(もう一眠りするかな。)


脳が休息を取ろうと活動を抑え始めた時、

コツ、コツ、コツと、

誰かが歩いてくる音がした。

もう一人の時間は終わりらしい。

まぁこの時間に人が来ることは珍しくもないので、

あえて目を開けることはしない。


その人物は教室に入ってきたようで、

僕と同じように椅子を持って、

そのまま立ち止まった。っぽい。

どこに座るか決めかねているのか?

マイポジを陣取ってる僕が言うことじゃないが、

別にどこでもいいだろ。



……背筋が緊張するのが、はっきりとわかった。

すぐ隣に人の気配を感じたからだ。

僕が顔を上げるよりも先に、またあの声がした。










「早いねぇ。なつくさくん。」

明日からまた予備校か、、、

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