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9話

「…それでは、今日はこのぉ、ね、平面ベクトルにぃ、えー関する問題。あー、これは過去の東大で、えー出題されたものなんだがー、じゃあこれをね、4人一組で、アイデアを出し合いながら考えてもらいますぅ。」


数学の時間。

歳は軽く六十は超えているだろうという見てくれで、

白髪と垂れ下がった目、そして年齢を重ねて

少し聞き取りづらい滑舌の口調が目立つ数学教員。

しかしながら、喋り方の癖と、授業の進め方のユーモアや

出来の悪い生徒でも詰めたりしない温厚さから

長く学生から好評を得ている尊老である。


「えー…と組み分けはねぇ、一応男女二人ずつでぇバラバラになるようにぃ、まテキトーーに作ってきたので従ってもらって…んじゃここに貼っとくから見て移動してー。

この時間一杯話し合って演習してもらってぇ

次の時間で解説するからねぇ。」

「はーい。」「うい。」

ガタガタガタガタ…


まとまりのない返事の後でのめいめいに席を立って移動し始め、机がズレる音、椅子が動く音、金属が擦れる音が行き交う。

(ちょっとこの音苦手…。)

大量の机と床が擦れる音は、

黒板を引っ掻く音の次くらいに不快だ。

やめてくれよ。ただでさえ摩擦係数でかいんだから。


ややあって僕も席を立ち、自分のいるべき場所へと移動する。持ち物はシャーペンと消しゴム、そして問題が記載されたプリントだけ。




「お、夏草じゃん、ラッキー教えてもらえるわ。」


同じグループの男子は雅歌だった。

教えてもらえるとは言いながら、雅歌は多分地頭が優れているので、実際の学力は測り兼ねているのと僕自身の自己肯定感の低さから、人に教えを求められるのは苦手なので、


「いやー僕じゃ役に立てないよ。」


とだけ返しておいた。


「げ。」

「杏来ちゃん、「げっ」て酷くない?ていうか現実に

「げ」って言っちゃう人初めて見たんだけど。」

「何でよりによってあんたなのよ……。」


(何でよりによってこの二人なんだ……。)

僕自身もそう思っていた。賑やかな1時間になりそうだ。


「俺じゃ不満かい?」

「そりゃあまあ…。」

「ガチトーンでそれ言われたら傷つくなあ…でも籠がいるからプラマイ0じゃん?」

「まあちょっとマイナスくらい。」

「それ籠にも失礼じゃない!?」


(ふふっ)

目の前の愉快な光景に心の中で少し綻ぶ。



「あれ。二人とも揃ってるんだ。よかったねぇ、霜村君?」


聞き馴染みのある声。

いや、最近どうにも僕の心に居着く声が、僕の真後ろからして、心臓を楊枝で突かれたような気持ちになった。


「となりちゃん?冗談でもそんなこと言わないの。」

「ひ、ひどい…。」

「んふ。ごめんね。でも賑やかになりそう。」


(僕と同じ感想。)


「でも涙川、うちのグループにはほら、エースの籠がいらっしゃいますよお。」

「ちょ、霜村。」

「ん。そうだね、籠君勉強できそうだし。頼りになりそう。」

「んー…そんなことは……。」

「大丈夫!夏草はこの学校でもかなり頭良い方なんだよ?

いつも定期考査の順位上の方だし。このクラスだったら朝凛

と並ぶくらいじゃない?」

「霜村あんたねぇ、最初っから教えてもらうつもりなの?」

「いやーそんなことないけどさぁ。やっぱ考えてわかんなかったら、聞くの大事じゃん?」

「あんたは5分も考えないでしょ。」

「5分って、長いんだよ?300秒だよ?300秒!」

「……ふふっ…あはは…。」


堪えきれないと言ったように、涙川がくすくすと笑いだす。

軽く丸めた手を口に当て、忍びやかに笑う様も、

派手な見た目の対比というか、ギャップというか、

とにかく僕の目には、何て言うんだ……特異、だった。

この心の反応を何て呼べば良いのかは、わからない。



「ぼちぼちグループ分けはできましたかねぇ。

それじゃあ、話し合い始めてってください〜。」


「じゃあ、始めますか。それではまずは、夏草君。

出身と趣味。教えてもらっていいかな。」

「?…実家は群馬の湯檜曽だけど……趣味は…。」

「合コンじゃねぇんだわ。って、実家が群馬?それは…。」


ボケを真に受けて答えてしまったところで安積香が突っ込むが、尻切れになってしまう。


「もともとは湯檜曽っていう、ここからだと…電車で5時間くらい?…のところが地元で…今は熊谷で一人暮らししてて……。」


周りがぽかんとしている。まあ当然の反応だろう。今までも仙龍を含めた数人にしか特に話してなかったし。


「え?一人暮らし?高校生で?…いやそれはまぁあることか…?でも何でここまで…。この学校にどうしても来たかったとか……?」

「いや、まあ第一志望は都内の別の高校だったんだけどね…でもまあ、一番の理由は…なんだろう。少し、一人の時間が欲しかった…のかもね。それで我儘を言ってここまで来させてもらってる、かな。」


横から涙川の視線を感じる。

まあ他の二人からも見られてはいるけど

涙川の、雰囲気が変わってからずっとふわふわしてて

どこか違うところを見ているような目。

あの猫のような扇情的な目が真っ直ぐ僕を見ている。

そんな気がした。

でもその時はそれ以上に、雅歌と安積香からの推しが強くて―やれ飯はどうだの、洗濯はどうだの、挙句の果てには一度行ってみたいとまで言われて、なんとなくぼやかすので精一杯だった。―涙川の視線について深く考える余裕はなかった。そして


「そこぉ、世間話もそこそこにねぇ…そこだけに。」


先生の圧倒的(笑)な親父(おじいちゃん?)ギャグのおかげでその場も締まり、それから僕たちは、やっとのことで数学の問題に取り組み始めた。


予備校もGWでちょっと休みなので、執筆日和です〜^_^

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