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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生まれつき口が利けず、下女にされたお姫様、じつは世界を浄化するために龍神様が遣わしたハープの名手でした!ーーなのに、演奏の成果を妹に横取りされ、実母の女王に指を切断されました。許せない!天罰を!

作者: 大濠泉

◆1


 音楽の女王が治める、音楽の王国に、姉妹のお姫様がいました。

 ですが、姉姫は生まれつき口が利けませんでした。

 美貌の持主で、愛嬌もあるのに、母親の女王は不満で一杯でした。


「音楽の国の姫だというのに、歌も歌えないなんて。

 出来損ないも良いところだわ」


 長女なのに、お母様である女王様は、妹ばかりを可愛がります。


 結果、姉姫は、子供の頃から雑用係をさせられて、わずかな食べ物だけで、なんとか生き延びてきました。

 お友達は下女ばかりで、王宮からも追い出されて、下女部屋で共同生活を余儀なくされていました。


 下女部屋がある長屋は、王宮の裏口に隣接しています。

 姉姫が王宮勤めの人たちの衣服を洗濯しているときにも、王宮から音楽が漏れ聴こえてきます。

 女王の指導の下、弟子たちが練習する曲の音でした。


(この音は?)


 と、姉姫は目で訴えます。

 面倒見の良い同僚の下女は、察してくれました。


「ああ、この音? ハープの音色よ。

 女王様がもっともお得意とする楽器だわ。

 なに? あなた、ハープを弾いてみたいの?」


 姉姫は、ウンウンと強くうなずきます。

 でも、同僚は腕を組んで笑うだけでした。


「う〜〜ん。でも、難しいっていうわよ。

 アタイなんか、弦に触れたこともないけど、指を切っちゃいそうで怖いわ。

 あははは」


 下女扱いの姉姫が、ハープのような高価な楽器を手にすることは許されません。

 でも、ハープの音色を聞くと、心が軽やかになります。

 ですから、姉姫はいつも、弟子や女王が奏でるハープ曲に聴き耳を立てていました。

 彼女は声を出すことはできませんが、洗濯や掃除の合間にも、指でトントンと拍子を取り続けます。


 そんな姉姫の姿を見て、同僚の下女が気を利かせてくれました。


「そういえば、〈楽器の墓場〉に、最近、ハープを見かけたわ」


「楽器の墓場」とは、演奏者たちが使い古した楽器を捨てる場所です。

 ある程度山積みされた段階で、焼却されることになっていました。


 同僚は姉姫の手を引っ張って、半ば強引に〈楽器の墓場〉に連れて行ってくれました。


 姉姫が見上げると、壊れた楽器の山の上に、ハープが鎮座していました。

 まるで姉姫が来るのを待っていたかのようです。


「弦が何本か欠けてるようだけど、弾ける?」


 同僚の下女が尋ねると、姉姫は指を巧みに動かして弦を弾き、音を出します。

 そして、嬉しそうに何度もうなずきました。


 以来、音楽の国の姉姫は、壊れたハープで曲を奏で続けました。

 同僚の求めに応じて弾いているうちに、大勢の人々が聴きに集まってきました。

 そのハープ演奏の素晴らしさは、やがて王宮に勤める者たちの間でも評判になっていき、いつの間にか、姉姫は〈音神姫〉と称されるようになっていました。


◆2


〈音神姫〉と称される娘が、素晴らしい音色でハープを奏でるという噂を聞きつけ、女王が動きました。

 音楽の女王なだけあって、本来は上手な楽器演奏者を楽団に抜擢することに熱心なのです。

 それでも、楽器は貴族や大商人といった有閑階級の子女が(たしな)むもので、まさか下男下女の住宅地で連日、名演奏がなされているとは、にわかには信じがたい思いでした。


 でも、王宮勤めの女官たちが進む流れに従って足を運んでみたら、たしかに、良い音色が聴こえてきます。

 王女は、むずかる妹姫を引き連れて、王宮から出て、下男下女が住まう地域に足を踏み入れました。


 ちょうど演奏が終わったばかりの頃でした。

 下男下女が集まるところに、いきなり女王陛下が顔を出したのです。


「変な匂い……」


 女王は、慣れない生活臭に、鼻をつまみます。

 まさか、女王様が王宮から出て、下々の生活区域にやって来るとは!

 みなはビックリして、退きました。


「で、誰がハープを弾いていたの!?」


 女王の問いに、下女のみんなが、〈音神姫〉に向けて指をさします。

 壊れたハープを手に縮こまっていたのは、口が利けない、自分の娘でした。


 女王はフンと吐き捨てるように言いました。


「痩せても枯れても、私の娘ってわけね。

 来なさい。ハープを弾かせてあげる」



 音楽の女王には、〈音神姫〉の腕を必要とする理由がありました。

 現在、妹姫は十五歳。めでたく成人になり、王位継承権を得ることができます。

 しかし、問題がありました。

 成人式で、妹姫はハープを弾くことになっていたのです。

 音楽の国のお姫様には必須の行事でした。


 ところが、姉姫はもう十七歳になるのに、知りませんでした。

 姉姫が驚く様子を目にして、母親の女王はニマッと口許を歪めます。


「ああ、アナタには初耳だったかしら。

 でも、我が音楽の王国では、ハープは歌と一緒に披露するもの。

 口が利けなくて、歌えないアナタには無理。

 だから、一生、アナタは音楽の姫としては成人できません。

 ずっと侍女として生活していきなさい」


 姉姫はうつむくしかありません。

 姉姫が意気消沈するさまを心地良く眺め、王女は美しい声で言いました。


「妹はアナタと違うわ。

 声も美しいし、ハープも弾けるの。

 でも、ちょっと技量がね。

 だから、アナタにも手伝ってもらうのよ」


 母のセリフに、妹姫は頬を膨らませました。


「ワタシも弾けるもん!」


 と言い張ります。

 そして、ついさっきまで姉姫が弾いていたハープを手にして、指を動かします。


 ところがーー。


 妹姫が弾いてみると、音程がいちいちズレてしまいます。

 一緒に歌を入れてもますが、これも音痴でした。

 妹姫には、音感が致命的になかったのです。


 それまで〈音神姫〉の演奏を楽しんでいた聴衆たちも、気まずそうな表情で立ち去っていきます。

 周囲から、すっかり人がいなくなってしまいました。


 あまりの汚ない音に姉姫が呆れていると、いきなり母親の女王様に頬をぶたれてしまいました。


「アンタ、今、妹をバカにしたでしょ!」


 姉姫は一生懸命、首を横に振ります。

 が、母親から再び叩かれました。


「口が利けなくたって、私には、アンタが考えていることぐらい、わかるわよ!」


 近くに立てかけてあった棒を手にすると、狂ったようにバシバシと姉姫を打ち据えます。

 女王が一番、妹姫に音感がないことに気づいていました。

 だからこそ、イライラが募っていたのです。


「アナタはこれから妹に代わってハープを弾くの。

 いいわね!?」



 そして、妹姫の成人式ーー。


 他国からの賓客をも迎えた大勢の聴衆を前にして、妹姫は高級ハープの前に座ります。

 その後ろに衝立を立てていました。

 その陰で、姉姫が安物の小型ハープを手にして演奏しました。


 妹姫は弾きマネをして、歌うだけです。

 歌だけに集中できたので、姉姫が弾くハープ曲に合わせて、なんとか歌うことができました。


 演奏後、聴衆から割れるような拍手が湧き起こりました。

 人々の中で感動の渦が巻き起こり、中には感激のあまり涙を流す者もいたほどです。

 惜しみない拍手を送った聴衆は、口々にささやき合いました。


「歌はイマイチでしたけど、なんて美しいハープの音色かしら」


「さすがは音楽の女王の娘さんね」


「音楽の国はますます栄えることでしょう」


 妹姫の成人式でのハープ演奏は評判となり、諸外国にまで伝わることとなりました。


 諸外国の音楽好きの間で、


「音楽の王国の姫は素晴らしい演奏者だ」


 と噂され、ついには、


「その曲を耳にすると、難病すら癒えてしまうだろう」


 とすら語られるほどになりました。



 やがて、音楽の王国に驚くべき事態が起こりました。

 神聖龍神帝国から、直々に使者が訪れたのです。


「皇太子様が、音楽の姫によるハープ演奏をお求めになられております。

 是非とも、皇宮で演奏をお願いいたします」


 使者の口上を聞いて、音楽の女王は思わず王座から立ち上がり、歓声をあげました。


◆3


 この世界には、七つの王国がありました。

 それぞれ得意とする分野を異にしており、武力・魔法・宝石・草花・動物・精霊、そして音楽の王国となっていました。

 そして、それら七王国が取り囲む中、中央に盆地があり、そこに七王国を統べる神聖龍神帝国がありました。

 代々の皇帝が、龍神からの啓示を受け取り、これまで、七王国を含めた地上世界を統べてきました。

 そして、次期、皇帝と目される皇太子が、


「音楽の姫が奏でるハープ曲を聴きたい」


 と所望したのです。



 結果、帝国の皇宮に、七王国の代表がすべて集められ、音楽の国による演奏会が開かれることになりました。


 音楽の女王は興奮して、我を忘れるほどでした。


「私でも、皇宮に招かれて演奏したことはないわ。

 頑張りなさい!」


 妹姫を強く激励します。

 ところが、肝心の演奏をする姉姫には、一言も声をかけませんでした。


 成人式と同様、ハープを前に妹が座り、その後ろの衝立の陰に、姉姫は隠れて座ります。

 そして、演奏が始まりました。


 神聖龍神帝国の皇太子殿下が、今回の演奏会を催したのには、理由がありました。

 じつは、皇太子はここ数日、頭痛に悩まされていたのです。

 皇宮に勤める医師も、薬師も、お抱え魔法使いでも、彼の頭痛を取り除くことができません。

 ですから、「その曲を耳にすると、難病すら癒えてしまうだろう」という噂に飛びついたのです。


 あまりの苦しさに、我を失ってしまったのかも、と反省するところがあった皇太子でしたが、驚いたことに、ハープの音色を耳にしたら、実際に、痛みが退き、頭がスッキリしました。

「音楽の姫が奏でる音には、病を癒す力がある」という噂はほんとうだったのです。

 皇太子は殊の外喜ばれて、


「ぜひ、音楽の姫を、我が帝国の専属音楽家に迎え入れたい」


 と願ってくれました。


 それに気を良くした音楽の女王と妹姫は、実際に演奏していたのが、〈音神姫〉とまで称された姉姫であることを忘れて、妹姫を皇宮へと出仕させることにしました。


 そして、証拠隠滅のために、女王は、姉姫を完全に人目から消すために、王宮の地下に監禁してしまったのでした。


◆4


 素晴らしいハープ曲を演奏したのは、音楽の王国の姉姫であって妹姫ではありません。

 皇宮に出仕したところで、実際に演奏して歌ってみたところ、ヘタで、とても聴けたものではありません。

 当然、皇太子の頭痛は再発し、ガンガンと割れるような痛みが治まりそうもありませんでした。

 皇太子は、妹娘が弾くハープの音色に、とても納得がいきません。


「演奏会のときは、こんな雑な音ではなかった。

 もっと美しい音色が響いてたのに」


 と、腹が立ってしまいました。


 詰問された挙句、妹姫はほんとうは自分が演奏してないことを白状しました。

 皇太子は思わず声を荒らげます。


「誰が演奏を!?

 母の女王とは言わせないぞ。

 アレの曲は何度も聴いている」


「お姉ちゃんです」


 皇太子のみならず、その場にいた皇宮勤めの人々すべてに衝撃が走りました。


「姉がいただと!?

 聞いてないぞ」


 成人式もやっていない姫が、音楽の王国にはいるらしい。

 長い七王国の歴史でもなかった事態でした。



 あっという間に、諸外国に噂が広まっていきました。


「音楽の王国は、真の演奏者を隠していた?」


「それが、王女のじつの長女というから、驚きだ」


「神様から音楽の祝福を受けた長女の活躍を、音楽の国が隠蔽する意味はどこにある?」


「まさか、神聖龍神帝国にーー引いては龍神様に叛意があるのか?」


 皇太子が謎の頭痛に苦しめられていることも相まって、不穏な噂が広まっていきます。


 父親の皇帝も、ようやく重い腰を上げました。

 息子の頭痛に、龍神様の意向を感じ取って、どのように対処したら良いのか、連日、頭を悩ませていたのです。



 皇帝の召集に応じて、幾つかの王国の代表者が皇宮に招かれました。

 皇帝を前にして、魔法の国の女王は言いました。


「強い音の魔力が、いまだ音楽の国の王宮から漏れ出ています。

 ハープの真の演奏者は確実にいます」


 精霊の国の女王も同意しました。


「精霊は歌っております。

 悲しみの歌を。

 嘆きの声がーー神々にまで届く聖なる声が、音楽の国から鳴り響いております」


 武力の国の王が提案しました。


「音楽の国に攻め入るべきだ」と。


 皇帝は眉間に縦皺を刻みつつも、同意しました。

 七王国の独立は長らく守られてきましたが、今回の音楽の女王の振る舞いには不可思議なところが多すぎます。

 最近、地上に〈悪い大気〉が集まりやすくなっている現状も考え合わせ、ひょっとして、音楽の女王が〈悪い大気〉ーーつまりは〈邪気〉の発生源になっているのではないか、と思ったのです。

 この世界をお創りになった龍神様が、何よりもお嫌いになるのが、大気の淀みーー邪気の蔓延(まんえん)でした。

 邪気は、人の歪んだ心から生まれるものです。

 だとすれば、女王の心根を叩き直さねばならない、と皇帝は決心したのです。



 音楽の女王は、皇帝から自分が責められてると知って、激しく動揺しました。

 武力の王による侵攻前に派遣されてきた、帝国よりの使者に、女王は訴えました。


「娘が音楽の才がないのは認めます。

 ですから娘に代わって、私が皇宮に出向きますから、なにとぞお怒りをお鎮めください」


 使者は呆れた。


「一国の象徴である女王陛下が、皇宮に常態的に出仕するわけにはいきませんよ。

 そんなこと、子供でもわかります。

 そもそも、女王陛下はなぜ、素晴らしい演奏ができる長女を、我々から隠そうとなさるのですか」


 女王は、吐き捨てるように言いました。


「あれは出来損ないなんです。

 音楽の姫でありながら、声が出ない、口が利けないんです。

 とても、皇帝陛下や皇太子殿下の前にお出しできるものじゃありません」


 使者は「あの妹姫は平気で皇宮に出仕させるのにか?」とツッコミを入れたかったが、グッと堪えました。


「あれほどの曲が弾けるのならば、口が利けなくとも良いではありませんか。

 皇太子の病を癒すほどの音色なのですよ。

 まさか、女王陛下。

 じつの娘相手に、妬んだのでは?」


 音楽の女王は口をつぐみます。

 使者は嘆息しつつ、言い添えました。


「追って皇帝陛下からの沙汰がありましょう。

 武力が用いられるかどうかは、それ次第です。

 心してお待ちください」



 その頃、音楽の国の王宮地下では、姉姫が泣き暮らしていました。


(ほんとうは、私がハープを弾いたのに……)


 と悲しくなっていました。

 でも口が利けないから、訴えることもできません。


 そこへ、帝国からの使者を見送ったばかりの女王が、血相を変えてやって来ました。


「ったく、なにが〈音神姫〉よ。

 皇太子の頭痛が退いたから、なんだって言うのよ。

 歌も唱えないくせに。

 私がお腹を痛めて産んだ娘なのに、アナタも私を嘲笑ってるのね!」


 女王は腹立ち紛れに、下男に命じました。


「この娘の腕を押さえなさい!」


 姉姫は、二人の下男に這いつくばらせられて、両腕を掴まれ、手を広げさせられます。


 女王は刃物を振りかざしました。


「えいっ、えいっ!

 こんなものがあるから、いけないんだ!」


 もの凄い勢いで、何度も何度も刃を突き立てられ、血飛沫が舞い上がりました。

 姉姫の両手の指が、ズタズタにされ、斬り落とされてしまったのです。


(いやああああーー!)


 姉姫が大泣きして顔を歪めるのを、実の母である女王は、嬉しそうに見下ろします。


「これで、アナタが皇宮に行くことはなくなったわ。

 良い気味よ。あははは!」



 まさに悲劇でした。


 ですが、このような理不尽な仕打ちに驚いたのは、姉姫だけではありませんでした。

 この世界をお創りになった龍神様も、天空にあって、とても動揺してしまいました。


 その結果、天空から轟音が響き渡ります。

 神聖龍神帝国の皇宮に向けて、巨大な雷が落下したのでした。


◆5


 突然、雷が落ちて、皇宮のドーム状の屋根が焼け落ちました。

 幸い、屋根裏には誰もいなかったので、怪我人はありません。

 ですが、この雷は異常なものーーおそらくは龍神様のお怒りを現わすものだ、と誰もが思いました。



 皇帝陛下の命により、音楽の国を除いた六王国の代表が、皇宮に集められました。


 現皇帝が眉間に皺を寄せます。


「余は先程、龍神様から啓示を受けた。

『これより、神罰が下る』と……」


 龍神様は、この地上の霊気が濁り、汚れてしまっていることに気がついて、自分が産んだ子がこの地上を浄化してくれることを願いました。

 龍神様は霊力を振り絞って、音楽を奏でることで大気を浄化する魂を産み出しました。

 そうです。

 音楽の国の姉姫の魂は、龍神様が産み出したものだったのです。

 そして龍神様自身が配慮なさって、音楽の国に生まれ落ちるように仕向けたのでした。


 ところが、一向に浄化の音色が響くことがありません。

 それどころか、ますます地上の大気は濁るばかりです。


 龍神様はご立腹なさいました。

 このままでは、霊気は濁り、大気が淀み、地上世界全体に悪が蔓延(はびこ)ってしまいます。


 地上の統治責任は、神聖龍神帝国の皇帝にあります。

 それゆえに、警告のために、一粒種の皇太子に神罰を下しました。

 それが、激しい頭痛でした。


 それなのに、龍神様が生み出した魂が、曲を奏でる機会がなかなか与えられません。

 浄化の音色が天にも地にも届きません。

 なんとしても、龍神様が生み出した魂に、楽器を操らせなければなりません。


 仕方ないとばかりに、さらなる大規模な神罰を下すよう、龍神様は決めました。

 龍神様の魂の娘ともいえる、〈音神姫〉にしか打ち消すことができない、〈人を狂わせる音〉を、地上に向けて鳴り響かせたのです。

 帝国ばかりか、七王国すべての人々が、耳にしただけで頭が痛くなり、吐き気を催すほどの気持ちの悪い音が、天から降り注いだのでした。

 その音が、何日にも渡り、地上に鳴り響き続けたのです。



「このままでは、余の息子ーー皇太子の頭が割れてしまう」


 皇帝陛下の指揮の下、武力の国が音楽の国へと攻め入りました。

 敵味方ともに、ここ数日、ずっと〈人を狂わせる音〉を耳にしていて、頭が痛くなっていたのでしょう。

 武力の国の将兵はあまり乱暴にすることはなく、音楽の国の方にも抵抗する者はいませんでした。

 誰もが諸手を挙げて降参していきます。

 音楽の国の民は、誰もが女王の姉姫に対するなしように不満を抱いていたのでした。

 あっという間に、音楽の国の王宮に軍勢が押し入り、女王は捕られてしまいました。


 王宮の人々に、姉姫の所在を聞いたところ、地下牢に閉じ込められていると言います。


 皇帝陛下は激怒しました。


「女王を引っ捕えよ。追って沙汰する」


 王宮を占拠した皇帝一行は、そのまま地下の部屋へと到達しました。

 鍵を開け、ようやく、監禁常態だった姉姫を見つけます。

 ですが、彼女を一目見て、絶望しました。


「ゆ……指がない!?

 なんて、ことを!」


 皇帝陛下は音楽の女王に対する怒りで歯軋りし、同時に落胆しました。

 龍神様から、どのようなお叱りを受けるか、想像するだけで恐ろしくなったのです。

 それでも、せめて息子の皇太子の健康を思い遣り、とりあえず、〈音神姫〉を地下から出してあげて、神聖龍神帝国へと連れて帰ったのでした。



◆6


 皇帝陛下が皇宮に帰ったところ、息子の皇太子から、思わぬ報告を受けました。

 地下に閉じ込められていた〈音神姫〉を、皇太子の許に連れてきた際、言われたのです。


「父上。僕は初めて龍神様からの啓示を受けました」


 龍神様からの啓示を受けることは、皇帝を継ぎ得る人材である証です。

 皇帝陛下は素直に喜びました。

 そして、皇太子に新たな啓示を下したということは、龍神様が、我ら地上人をいまだお見捨てになっておられない証でもありました。


「おお。それはめでたい。

 で、龍神様はいかように仰せか」


 皇帝からの問いに、皇太子は辞を低くして答えました。


「〈音神姫〉の喉に、邪気の詰まりがあるというのです。

 方法は問わぬから、それを取り除け、と。

 ですから、父上。後のことは、僕たち、子供の世代にお任せを」


「うむ。期待しておる」



 父から〈音神姫〉を貰い受け、皇太子は力強く抱き締めます。

 突然の出来事で、姉姫は顔を真っ赤にしてしまいました。

 それぐらい、皇太子殿下は美しいお顔立ちをしておられたのです。

 彼は、〈音神姫〉の、指のない両手を、涙に暮れながら握り締めます。


「まずは、君から邪気を取り除く。

 恥ずかしいだろうけど、我慢してくれ」


 そう言って、自身も顔を赤くさせながらも、唇を〈音神姫〉に近づけ、キスをしました。


 皇帝一族には膨大な魔力が継承されています。

 皇太子は、現皇帝以上の魔力持ちでした。

 この魔力を直接、姫の口から喉へ向けて叩きつけてやったのです。


「ごめん。僕もこの世界も一緒に、君に救ってもらいたいんだ」


〈音神姫〉が、皇太子殿下からの息吹を受け入れてくれたからでしょう。

 一気に喉の支えが取れて、姉姫は大きく息を吸い込むことができました。

 すると、人生で初めて、〈音神姫〉の口から声が出たのです。


「ああああ!」


 そして、嘆きの歌を唄い始めました。

 言葉にならない声を、独特の節回しで出し続けたのです。

〈音神姫〉は、自身の口が利けなくとも、他人が喋る言葉を耳にしてきたので、言葉を口にすることはできます。

 でも、そうした通常の言葉では言い表せない想いが、(せき)を切ったように、体内から(ほとばし)ったのです。


「おお……」


 皇太子は涙しました。


「なんて悲しい歌声だ」


 言葉でなくとも、その想いは十分、皇太子殿下に伝わりました。

 彼は〈音神姫〉を抱き締めて、一緒に泣きました。

 すると、次第に、皇太子の頭から痛みが消え去っていきました。


「ああ、やはり君こそが、僕のーーいや、この地上世界の救い主だ!」


 皇太子は両腕で音神姫を抱きかかえます。

 そして、即座に、諸王国に向けて召集令を出しました。


 音楽の国を除く六王国から姫が派遣されて、その能力を発揮することになったのです。



 六人の特殊能力に秀でた姫様たちが、皇宮に招かれました。

 彼女たちは一緒に皇宮に入って、音神姫が匿われている部屋へ向けて廊下を進みます。

 その途上、武力の王国からやって来た戦乙女は、聖剣を手に呆れ声を出しました。


「なによ、この邪気の濃さは。皇宮なのに。

 ウチの国じゃ、毎朝、弓使いが破魔矢を空に向けて放って、邪気を祓ってるってのに」


 動物の王国から来た猫姫は、連れてきた聖獣たちを宥めるのに一苦労していました。


「ほんと、ウチの子たちが、こんなに毛を逆立てて……」


 植物の王国から来た花姫は、憂いに沈んだ顔をします。


「私の国では、浄化の草花たちが咲き誇っているので、これほどの悪環境になったことはないんですけど……」


 姫君たちは口々に語り合いながら、音神姫がいる部屋に入りました。

 そして、部屋に足を踏み入れた途端、精霊の王国から来た精霊姫が目を細めました。


「どうやら邪気は、ここに溜まっているようね。

 精霊たちが怯えているわ」


 部屋の中では、皇太子が音神姫の手を握っていました。

 指が切られた手が痛々しくて、必死に治癒魔法をかけていたのです。


 でも、宝石の王国から来た宝石姫は、皇太子に微笑みかけつつ言いました。


「皇太子殿下。

 音神姫を取り巻く邪気は、通常の治癒魔法では歯が立ちません。

 音神姫をお救いしたいのなら、今すぐ、私が持ってきた宝石に、ありったけの魔力を注ぎ込んでおいてください。私たちが行なう魔法治療の魔力補填に使いますから。

 そして、宝石への魔力注入が終わりましたら、即座に皇太子殿下は外へ。

 これからは女の子だけの時間です」


「な、なぜだ。僕も音神姫を……」


 うろたえる皇太子を見て、剣を手にした戦乙女が笑います。


「はいはい。ノロケは後にしてくれ。

 魔力の通りを良くするため、これから音神姫を素っ裸にしなきゃならないんだ」


 皇太子は顔を真っ赤にしました。

 すぐさま宝石に魔力を叩き込むと、一目散に部屋から出て行きました。



 姫たちは協力して音神姫の衣服を脱がせました。

 音神姫の両手には指がないため、衣服の着脱すらままならなかったからです。

 魔法の王国からやって来た魔法姫は、音姫を取り巻く環境がどのようなものかを、みなに伝えました。


「濃度の高い邪気が、音神姫を取り囲んでいます。まずはこれを祓わないと」


 草花の王国の花姫は、


「それよりも先に、安全確保でしょう。

 これ以上、皇宮に邪気が溜まらないようにしないと。

 国から持ってきた浄化草をこちらへ」


 と侍従に声をかけます。

 そして、清浄力のある植物の鉢植えを部屋の中に持ち込みました。


 魔法姫は両手を音神姫の胸に当てます。

 皇太子のキスによって喉の詰まりは取れましたが、いまだ邪気の大きなかたまりが、音神姫の胸の奥でわだかまっていました。


「邪気を可視化します。

 ちょっと痛いけど、我慢してくださいね」


「う……んーー」


 音神姫は、鈴のような声を出します。


「ーー痛い。ですけど……」


 音神姫は、柔らかな笑みを浮かべました。


「みなさんが優しくしてくださって、私はそれだけで嬉しいです」


 指がない彼女の両手を見て、姫たちは涙を浮かべました。

 戦乙女は憤慨します。


「実の母親なんだろ、指を切ったの。信じられねえ」


 そう言って、聖剣を抜き放ちました。


「ようやく邪気が黒い煙になって見えるようになった。あとは任せな」


 大きな黒い煙のかたまりが、音神姫の胸から浮き立ってきました。

 それを見た戦乙女は、聖剣を青く光らせ、ブンと一振りします。

 すると、黒い煙が霧散して、薄くなっていきます。


 猫姫も明るい声をあげました。


「ウチの聖獣()たちも、邪気を食べてくれるから、安心して」


 犬やクマの形をした聖獣が、大口を開けて、黒い霧を吸い込んでいきます。


 その一方で、魔法姫と精霊姫は、魔力を込めた宝石を片手で握り締め、同時に、もう片方の手で音姫の手を握りました。


「さあ、邪気に喰われた指を取り返すわよ」


「精霊さんたちが、暗がりから見つけ出してくれたわ。貴女の指の精気を」


 パアッと、音神姫の両手が白く光り輝きます。


「ああ、わかります。指が動く感覚が戻って……」


 魔法姫と精霊姫が手を離すと、音神姫の両手からスウッと指が白く輝きながら伸びていきます。


 かくして、六王国の姫たちが協力して、音神姫の指を回復させることに成功したのでした。


 戦乙女が音神姫の背中をバンと叩きます。


「さあ、さっさと服を着な。皇太子が心待ちにしてるぜ。アンタの音楽を!」



 七王国の姫たちすべてが揃う部屋に、皇太子が招き入れられました。

 音神姫の両手から、白魚のような美しい指が生えそろっているのを目に止めると、皇太子殿下は満面の笑みを浮かべました。


「さあ、貴女の曲を奏でてくれ!」


〈音神姫〉こと、音楽の王国の姉姫は嬉しそうにうなずき、高級ハープを手にします。

 そして、巧みな指捌きで、今まで誰もが聞いたことがない曲を弾き始めました。

 天から降り注ぐ、彼女だけに聴こえる旋律に合わせた名曲です。

 耳にした姫たちの誰もが言葉を失い、涙を流しました。

 皇太子の頭痛も瞬く間に消え去り、皇宮から黒い邪気はすっかり祓われていきました。


 彼女のハープ演奏が鳴り響く中、天から轟く神罰の音も消え去り、空は晴れ渡っていきます。


 皇太子は感激のあまり、ハープを弾き終えた音神姫に近づき、両手を握り締めました。


「ありがとう。君が僕の呪いを打ち祓ってくれた。

 いや、僕だけじゃない。この地上世界に蔓延(はびこ)ろうとしていた、邪気や怨念を消し去ってくれたんだ。心から感謝する」


 音神姫は首を横に振ります。


「いえ。私の方こそ、感謝いたします。

 口が利けませんでしたのに、今ではこのように、話すことが出来るようになりました」


 皇太子は即座に片膝立ちとなり、姉姫の左手に指輪を嵌めました。

 いきなりの告白でした。


「音神姫よ、僕と結婚してください。

 大切にいたします」


 居並ぶ姫たちは、キャアと黄色い歓声をあげて、顔を赤くします。

 誰よりも顔が火照っていたのは、当の音神姫でした。


「……いえ、私は歌を唄い、楽器で音楽を奏でられたら、それだけで十分です」


「なればこそ、君は僕の妻に相応しいんだ。

 それこそが、龍神様の思し召しなんだから。

 二人でこの地上から邪気を祓い続けよう!」


 皇太子は改めて音神姫を強く抱き締めたのでした。


◇◇◇


 皇太子が皇帝に即位すると同時に、〈龍神様のお姫様〉である〈音神姫〉と結婚することを宣言し、王国すべての人々から祝福された頃ーー。


 音楽の女王は、神意に叛いた罰を受けていました。

 皇帝により、音楽の国を、当面は魔法の国の女王に明け渡すよう命じられ、加えて、死罪より重い刑に処されたのです。

 それは、この世界独特の〈神罰刑〉というものでした。

 龍神様が、思うままに呪いをかける刑罰なのです。


 結果、音楽の女王は、蛙にされてしまいました。

 妹姫も連座しました。


 母蛙は憤慨して口を閉ざし、喉を鳴らすだけです。

 が、妹姫の方は気分良く、ゲコゲコと鳴きました。

 蛙の鳴き声が美しくなく、どことなく音程がズレているのは、妹姫を祖とする生き物だからだと、この世界ではいわれるようになったとのことです。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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 今後の創作活動の励みになります。


●なお、以下の作品を、ざまぁ系のホラー作品として連載投稿しておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!


【連載版】

『滅国の悪役令嬢チチェローネーー突然、王太子から婚約破棄を宣言され、断罪イベントを喰らいましたけど、納得できません。こうなったら大悪魔を召喚して、すべてをひっくり返し、国ごと滅ぼしてやります!』

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●また、すでに、幾つかのホラー短編作品(主にざまぁ系)を投稿しております。


『伯爵令嬢シルビアは、英雄の兄と毒親に復讐します!ーー戦傷者の兄の介護要員とされた私は、若い騎士から求婚されると、家族によって奴隷にまで堕されました! 許せません。名誉も財産もすべて奪ってやる!』

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『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』

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『死んだと思った? 残念ですね。私、公爵令嬢ミリアは、婚約者だった王太子と裏切り者の侍女の結婚式に参列いたします。ーー私を馬車から突き落とし、宝石欲しさに指ごと奪い、森に置き去りにした者どもに復讐を!』

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『元伯爵夫人タリアの激烈なる復讐ーー優しい領主様に請われて結婚したのに、義母の陰謀によって暴漢に襲われ、娼館にまで売られてしまうだなんて、あんまりです! お義母様もろとも、伯爵家など滅び去るが良いわ!』

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『美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません? 聖なる力を思い知れ!』

https://ncode.syosetu.com/n2323jn/


『イケメン王子の許嫁(候補)が、ことごとく悪役令嬢と噂されるようになってしまう件』

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『噂の《勇者を生み出した魔道具店》が潰れそうなんだってよ。そしたら勇者がやって来て……』

https://ncode.syosetu.com/n1407ji/


 などを投稿しております。


 こちらも、楽しんでいただけたら嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
我儘で傲慢な妹が罰を受けるも強かに生きるオチ多いな
タイトルが長すぎかと。
まだ声が戻っていないのに「いやああああ!」と泣き叫ぶのは… 淡々としかし風景が浮かぶような病者でしたのでそこが残念でした。
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