57.分離と融合
「俺たちは……一体……」
覚醒したものの、四人のライターズは、地面に転がったまま荒い息をついていた。
誰かが呟いたが、それが誰の声かすら定かではない。
心の闇に囚われ、彼らの力の源である希望も、愛も、友情も失われた。
日神衣の輝きは鈍り、変身が解けかけ、大人の身体すら縮みかけている。
そして、アマンティーは、最後の攻撃に向けてエネルギーを蓄積しながら、ずるずるとフィラメントを地面に這わせていた。
すべての物体を飲み込む「分離」の概念が、静かに世界を蝕んでいく。
ネオン大阪の大地には無数の深い亀裂が走り、砂漠化が進行する。 空気は重く濁り、まるで肺を締めつけるように呼吸を妨げる。空気中のそれぞれの構成成分で濃密な泡に凝集し、分離しているのだ。
(――まさか、このままでは、本当に息ができなくなる? )
絶望が極限に達したその瞬間―― 、轟音とともに、空を裂く閃光が現れた。
轟音に先導されながら、光の弾丸が戦場の中心に落下する。 水銀の飛沫を撒き散らし、オンソロージーが駆け抜けた。
「トモニ暗闇ニイルコトハチカラナリ」
くるくると螺旋を描きながら、ナノマシンは卵形の結晶体を吐き出す。 それは、無機質な生命体の彼らから託された、新たな希望だった。
閃光を放つ結晶は、みるみるうちに膨張し、原始爆発のような衝撃波を巻き起こす。 四人のライターズは呻きながら顔を覆った。
そして――刹那、優しい温もりが包み込む。
クセソーティアソは恐る恐る瞳を開いた。ぼろぼろの身体を包むのは、柔らかな光の布。
「……この感覚は……傷が……痛くない? 日神衣も、少し……回復してる?」
ラックーサも身を起こし、周囲を見渡す。
「私たち……概念侵食に呑み込まれていたの?」
彼女の視線の先で、灰色に染まっていた世界が、光の内側だけは通常の色を取り戻していた。
「すげえ! 侵食された概念が修繕されてるってことか!この結晶の中にいれば、グラウンド・メタの影響を受けないかもしれない! やっぱり、ヒーローのピンチには奇跡が起こるんだな!」
ソーラルが興奮気味に叫ぶ。 クセソーティアソは、まるで長く水中に潜っていた後のように、空気を貪った。自然と涙が浮かんでくる。
「はぁ……どうして俺、さっきまであんなに……」
独りよがりに、他人を信じられなくなっていた。
自分こそが一番だと、自惚れていた。
「……どうして分からなくなっていたんだろう。こんなにも、仲間がいるのにね」
スフェアリーが光の衣を撫でながら呟く。
「さて、まずは今の状況を整理しないとね」
「さてさて、じゃあ今は何が起こっているのかまず把握しないとな。反撃できないじゃん。あれって本当に言葉を話せないのかな? まったく」
ソーラルが球体の天井に待機している機械を睨みつけるが、「こら、命の恩人じゃないか」とクセソーティアソは苦笑する。
「このスペースは安全だけど、いつまでもつかわからない。貴重な時間を稼いでくれている間に、早く該当の概念を特定しないと……」
フルオレセントランプの戦士が慎重に周囲を観察し始める。
「前回、憎しみと憎悪が侵食されたときは、物体の融合傾向と、生命体の高揚感が見られた。 今回は……物体の分離傾向と、生命体の優越感、易怒性……。 待てよ、憎しみの侵食と類似点が多い……ってことは……!」
ソーラルはハッとしたように顔を上げ、勢いよく声を張る。
「分離と融合……そうか! これって、生物学や心理学の基本じゃないか!」
なんで今まで気がつかなかった、とばかりに掌で額を叩く。
「たとえば、細胞分裂! ひとつの細胞が、二つ以上の娘細胞に分かれていく。パッと見、不利に思えるかもしれない。でも、分裂することでより高度な組織や臓器が生まれる。だからこそ、生物は進化できるんだ! でも――」
そこで言葉を切り、真剣な表情で続けた。
「分かれすぎると、まとまりを失って、組織は崩壊する。逆に、融合しすぎるのも問題だ。心理学で言えば、母子分離不安。親と離れることで生まれる不安感……けど、"分離"がなければ、自立はできない。でも、親子の絆があるからこそ、子どもは守られるし、成長できるんだ」
彼は拳を握りしめ、力強く言い放つ。
「結局、大事なのはバランスなんだよ! 分離も、融合も、どっちも生きるために必要なものなんだ!」
スフェアリーが考え込むように呟いた。
「じゃあ……今回侵食された概念は、憎しみと表裏一体ってこと?」
ラックーサが静かに頷く。
「人との繋がりは、とても大切。でも、それが過剰になると"依存"に変わる。そうなると、自分を見失ってしまう……」
彼女は桜色の髪をそっと耳にかけながら続ける。
「自分の価値を理解し、誰かと関わることで、生まれる素敵な感情もある。でも、自分の価値を知らずに、ただ誰かにすがってしまうと……逆に"侵食"されてしまうのね……。じゃあ、今回の侵食概念は?」
クセソーティアソは、ゆっくりと拳を握りしめた。
「……"愛"だ」
彼の確信に満ちた言葉に、三人は静かに頷いた。