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51.慣性な気持ち

 ソーラルは怪物に向かい、無防備に立ち尽くしていた。

 その顔には、どこか満ち足りたような微笑みすら浮かんでいる。手元では、愛用の剣Sagittaを胸の鞘へと収めようとしていた。まるで戦う意志を完全に失ってしまったかのように。


 それだけではない。スフェアリーとラックーサまでもが、繊維獣の周囲で手を繋ぎ、まるで無邪気にじゃれ合うように微笑み合っていた。


「おい、みんな、何やってるんだ! 下がれ!」


 クセソーティアソの声が響く。しかし、三人は応じない。繊維獣の真下に留まったまま、恍惚とした表情を浮かべている。まるで、その存在に魅入られたかのように。


「お願いだ、下がってくれ!」

「皆、下がって! 繊維獣に近づくと、攻撃性を失います!」


 アブレイズクロックを通じたクォーツリナの警告が、クセソーティアソの脳内に稲妻のように走る。


(攻撃性の概念が――奪われているのか?)

 それならば、先ほどまでの民間人の異常なほど穏やかな態度にも説明がつく。

「……ッ!」

 クセソーティアソは、強くパルテノナ・フォスを握りしめ、仲間の元へと駆け寄った。しかし、その刹那、彼の脳内に奇妙な感覚が広がる。


(……もしかして、俺も……?)

 身体の奥底から、奇妙な感情が湧き上がる。


(繊維獣のことが……好きになれるかもしれない……?)

 身体の奥底から湧き上がるような、その奇妙な好意は抑えきれずにどんどん膨れ上がっていく。


(あの対称的な機体……リズミカルな動き……この無機質な美しさ……今までなぜ気づかなかったんだ? そうだ、できるなら俺は――……あの宇宙人と、一体になりたい……)


 堪えきれない感情が、ついに涙となって頬を伝う。


「なんだ、これ……?」


 自分の意志とは裏腹に、心が侵食されていく。感情の渦に飲み込まれそうになる――だが。

(違う……ッ!)

 わずかに残る理性が、必死に抗う。このまま自分まで飲み込まれたら、ライターズは終わる。クォーツリナを、ルチアを、おばあちゃんを……誰が守れるというのか。


(守るのは……俺だ!)

 クセソーティアソは、震える拳を握りしめ、全力で自分の顔を殴りつけた。


「ぐっ……!」

 鼻から脳天まで突き抜ける痛み。視界が揺れ、ぼやけていた意識が、ようやくはっきりする。


「パルテノナ・フォス、Corona Australis、イニシエート、Module Sophrosyne!」


 正気を必死に繋ぎ留めながら、心に湧き上がる言葉を叫ぶ。


「可視光線の型――心線射出しんせんしゃしゅつバースト!!」


 冠の星の清らかな光が編み込まれ、縄となり、網となって仲間たちを捕らえる。

「――っ!」

 瞬間、スフェアリー、ラックーサ、ソーラルの身体が光に包まれ、繊維獣から引き離される。数メートルの距離を置いたところで、三人は息を飲み、ようやく意識を取り戻した。


「え……何があったの?」

 スフェアリーが混乱した表情を浮かべる。

「繊維獣に……同情してた? それどころか、好きになったような……?」

 ラックーサは恥ずかしそうに顔を隠す。


「いや、それは概念の侵食が原因だ」

 クセソーティアソが深く息を吐く。

「急いで原因を突き止めなければ、また同じことが起こる」

「……確かに、今の繊維獣は攻撃性が低い。こんな狭い侵食フィールドも初めてだ……何かがおかしい」

 ソーラルは狐耳の毛をかき混ぜながら呟く。

「侵食された感覚があった。フィールド内は……全く違う世界だった」

 言葉を慎重に選びながら、四人は顔を見合わせる。そして逡巡した後、


「……侵食されていたのは、憎しみです!」


 四人は口を揃えて言った。互いに目を見交わし、正しい答えにたどり着いたと確信する。


「憎しみの概念が侵食されている……だから、民間人も従順だったのね」

「でも、注意が必要だ。兵士達はコンセプトコンテナを封鎖しようとしているが、繊維獣の動きはまだ読めない」

「繊維獣は侵食を受けずに自由に動ける。防御しかできないわけがない……」


 クセソーティアソは言い加えた。その瞬間。

 轟音が空気を裂いた。


 繊維獣の核から発せられる黒い光線が、まるで太鼓の乱打のように連続して迸る。周囲の建物が震え、瓦礫が宙を舞い、光の弾丸が次々と地面を抉った。炸裂音と共にアスファルトが砕け、熱を帯びた衝撃波が辺りを襲う。

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