5. 砂漠と命の水
磁石のように体に吸着する石は内臓にすさまじい圧をかけてくる。骨までかかる重荷と重力で、地面に倒れ込みそうになるところを、辛うじて踏みとどまった。
そして、何故だろうか。抱える重荷がそのまま胸中に及んだのか、辛い裏切りの記憶が吹き出してくる。
「お前には価値がない、どうせルチアに嫌われているだろう。上層民ぶって故郷を捨てたな。ヒーローとしての役割を果たしていないのに。苦痛、怒り、哀しみ、無力感と戦うだけなのに、生き続ける意味はあるのか」
見知らぬ影が自分に語りかけてくる。少年には、その煩悶がオンソロージーSによる心への侵入だと気づけるはずもなかった。
吐き気がする。追放、裏切り、放棄、社会、不信。上層街に入り、クセソーティアソはスラム民の誠意と信用を失った身だ。心を託した人々の裏切りは何より辛いとわかっているのに。
(生き甲斐をどうやって探せばいいんだろう)
内面に吹き荒れる葛藤に凍りついた少年に、オンソロージーが容赦なく襲い掛かる。ナノマシンの集合体が近づくと、抱えている鈍い石が同調するように明滅し始めた。そのまま獲物の周囲に糸を紡ぐ蜘蛛のように回旋する。
四面楚歌だ。少年はオンソロージーから生まれる電光に飲み込まれる。無限に続く皮膚を鋭く弾く痛み、耳孔に直接轟く電子音、嵐に体が引き千切られそうだ。
「もう、だめだ……」
永遠のような数分だった。
纏う静電気がふいに薄らぎ、クセソーティアソは恐る恐る目を開ける。
まず感じたのは凄まじい熱波だった。つい先程までは真っ暗な夜だったのに、今は炎天下だ。
ひまわり回転街のエリアの空には雲が漂動しているが、この砂漠にはその影すら全く見えず、ただ羅列太陽系だけが綺麗に天空に刻まれている。雲が全くないせいか、視界はいつもより眩しい。喉はからからで、乾ききった眼球に灼けるような空気が刺さる。
「ここはどこだ? どう見てもイグナイト東京……じゃないよな? 」
見渡す限り荒涼とした、火星のような砂漠が広がっている。黄ばんだ砂が嵐を起こす中、クセソーティアソは一人でぽつんと立ち尽くしていた。
(何が起こっている? )
オンソロージーは、減速しながら変わらずに大きな螺旋を描いている。そのはるか彼方にひまわり回転街の威容が蜃気楼のように霞んでいた。
(あの形状からすると、日本列島にいるのか? でもこんなに広い砂漠が日本にあるなんて聞いたことがない)
突拍子もない状況に頭がくらくらするし、重たい石を抱え続けた腕に、風で煽られた砂の削片は鋭く擦り傷を作る。とにかくどこかへ避難しなければ暑さでどうにかなってしまうだろう。
何とか重たい一歩を踏み出すと、足元で何かが砕けた。見れば、砂に紛れて魚、鳥、いるとあらゆるミイラが散らばっていている。
(何だこれ、死の砂漠なのか)
―――その時だった。
空が突如として不気味な紅色に染まり、ヴァイキングの角笛のような音色が高らかに響き渡る。
一閃の雷光が夜空を裂き、無数の光条が蠢く怪物が姿を現した。それは、漆黒の光を放つ機械の集合体であり、金属的な軋みと共に周囲の空気を燃え上がらせている。
目前に広がる光景を理解できないクセソーティアソは、茫然と立ち尽くす。
光とワイヤーで織り成された繊維の怪物は、こちらに向けた顔らしき部分を伸縮させる。それは目や口といった明確な器官を持つ顔ではなく、不気味な光と金属が混沌と渦巻く、悪夢そのものの塊だった。そして、怪物は喉の奥から獣のような唸り声を響かせ、漆黒の光線を放出する。
逃げなければ。本能が告げる。
クセソーティアソはオンソロージーを捨てようとするが、手に張り付いてどうしても離れない。
「な、何だよこれ……。どうなっているんだ!」
透明な薄黒い光線が容赦なくクセソーティアソを襲う。必死に躱すも、いくつかの光が身体をかすめる。
「っ痛ぅ……!」
焼ける肉の匂いと、痛み。身体的な苦痛だけではない。少年の胸は内側から痛み、まるで自信が削られ、心の穴が広がっていくような感覚に襲われる。
そもそも八十メートルもの鋼鉄の塊に、どのような戦闘技術が通用するというのか。抱えた石を捨てることすらできないし、何にしてもすり減らしたままのストレージ容量では到底太刀打ちできない。
手足が鉛のように重く、頭も朦朧としてくる。無力感に襲われ、虚ろな足取りでよろめくクセソーティアソ。その胸を、一条の黒い光線がまっすぐに貫いた。
「や……めろーーーー!!」