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44.檻の中の少女

 ライターズがロサリアラウンジに続く扉を開けると、文字通りの集団恐慌が目に飛び込んできた。司令官を失った船の操縦は乱れ、兵士達は右往左往している。


 しかし奇妙なことに、彼らは暴れながら叫んでいるのに無言なのだ。幽霊と闘っているかのようにうなされながら、しかし敵は認識できず、錯乱状態に見えた。バチバチっとひときわ大きいスパークが弾ける。これはただの火花ではない。小さな空飛ぶ虫が空中に火花を発生させているのだ。


(くそっ!)

 最も優れた反射神経をもつソーラルが火花の蝿を手で払う。しかし「危ない!」と言わんばかりのラックーサに引っ張られ、クセソーティアソ共々後ろへ突き飛ばされた。


 彼女は握りあう手に更なる力を込めると、眉を下げた泣きそうな表情でぶんぶんと首を振り、「戦わないで」と必死に伝える。二人は頷きを返すと、飛び交う火花をやりすごしながらメインデッキへ進む。いくら光の戦士とはいえ、三人は宇宙戦艦の操作についての知識を持ち合わせてはいない。操縦兵達は、口をぱくぱくさせながら床で苦しむばかりで、とても頼ることはできない。その時だった。


「――!」


 ソーラルは無言の叫びをあげ、部屋の奥を指し示す。そこには赤いツインテールの少女が、ホログラムタブレットを抱きながら、壁にもたれ蹲っていた。時折苦しそうに身をよじる。周りに散らばる書類やタブレットに、彼女の孤軍奮闘が見て取れた。


(こんなに小さな女の子が光の戦士? )


 クセソーティアソとラックーサは少し訝しげに、しかしソーラルの直感を信じて近づく。

 脂汗を浮かべた眉根をきつく寄せ、華奢な身体を己で抱きしめながら苦しむ姿は痛々しく、クーデターの首謀者にはとても見えなかった。しかし、胸につけられた階級章は、確かに特命中将を示している。


(私と変わらない女の子……、なのにこの若さで中将になるなんて、どれほどの研鑽を重ねたのかしら)


 助け起こそうとラックーサが一歩近づくと、その足元でひときわ激しい火花が散った。中将を取り囲むように、蝿達が激しく密集してくる。巣を編む蜘蛛のようにまるで空間を練り上げている。スフェアリーと三人の間に、物理的な距離が大きくなっているようだ。それだけではなく、何百トンもの巨大な水流に押し流されるような圧を受け、三人は繋いだ手を離してしまう。


 明らかに見えない敵に襲われている。

 三人はもがきながら、確認の目線を交わす。Solarはパルテノナ・フォスエンジン剣Sagittaを胸から取り出す。今こそ、教わった光のスペクトラムを応用する時だ。

目を閉じると己の光の波長のフローを感じる。光線のまろやかな螺旋が可視化できるようだ。ゆっくり流れているのは、紫外線。

 いつもと違う力が全身に漲っている。日神衣の鎧が更なる輝きを増した。


「パルテノナ・フォス:エンジン剣、Sagitta、紫外線の型、陽子風爆破ようしかぜばくは!!」


 ソーラルは光線の柱を放つ。ただ光線を火花の蝿に放とうとしても、あれほど小さくて敏捷な的にはあてられない。クォーツリナに勧められた様に、今回の戦いの秘訣はお互いに信じることだ。お互いの距離を目線で確かめあいながら、三角形を作る。

 牽引力は秒増しに抵抗しづらくなっている。


「パルテノナ・フォス:杖、Corona Australis、電波の型:閃光流動柱せんこうりゅうどうちゅう!」

「パルテノナ・フォス:魔槍、Lyra、可視光線の型:蜷局逆燐けんきょくげきりんハート!」


 ライターズは相次いで、光芒の柱を発射する。三人の三角形の光の柱が形成される。拠点となっている三人の間にまるで電気回路が創造されているようだ。これは共振モード、Module Sophrosyneだ。


 操縦室全体にランダムに乱流していた火花の蝿は、光の三角形、いわば檻の中に綴じ込められ、目まぐるしく飛び交う。飛んで火にいるとでもいうべきか。こうであれば狙いやすい。


「パルテノナ・フォス:魔槍、Lyra、可視光線の型:蜷局逆燐ハート!」

バイオレットの戦士の光線はやっと敵を貫く。当たった火花の蝿は昆虫の様に蠢く。

「パルテノナ・フォス:エンジン剣、Sagitta、紫外線の型、陽子風爆破ようしかぜばくは!!!」


 ソーラルは他の二匹を仕留めた。間違いなく、これは極端に小さい繊維獣だ。小型とはいえ油断はできない。仕留めたと思った一匹は威嚇の声を上げて飛び立つ。


「これどうしたらいいんだろう!キリがないよ」

 ネオンライトの不満の表情は二人に伝わる。三人を後ろに吸い込もうとする掃除機のような牽引力は、次第に耐え難いほど強くなってくる。


「くそっ、もう駄目だ……って、う、うわああああ!」

「きゃああああああ!」


 ずるりと飲み込まれる感覚。三人はそれぞれ漆黒の立方体に落ちてしまった。いや、違う。現実全体は断片化してしまった。これは概念の侵食だ。連続体として実存する世界は細片化し、立方体の檻は世界から隔離されている。周囲には虚無しかない。


「どの概念が攻撃されている? 早く突き止めないと、もうこの戦いに勝てない。大切な仲間を失ってたまるか……! どの概念は侵されているのかわからないけど、たとえば現実の連続性だったとしても、侵食プロセスは完全ではない。勝ち目はまだある」


 彼は考える。微々たるものでも、現実のそれぞれの断片の間に鉄路が存在するはず。まだ分散していないはず。


 ネオンライトの戦士は深呼吸し、脳に酸素を送り込む。視野が広がると、自分の立方体から離れた場所にスフェアリーの一人がいることに気づいた。

透明な立方体は黒く冷たい水で満たされ、彼女は膝に顔を埋めたまま、その孤独と絶望の海を漂っている。立方体は完全に隔離されている。つまり、物理的な距離ではなく、時空そのものが乱れている。


 ネオンライトの戦士は更に周囲を観察すると、漆黒の闇の中に他の二つの立方体を見つけた。同じように水で満たされた中を、ラックーサは泣きそうな顔で透明な壁を叩き、ソーラルは憤怒の表情で奮闘している。

 彼らもスフェアリーのことを一心に考えているだろう。ソーラルの手から放たれた光線は立方体の壁に吸収され、真っ暗な海の中で溺れているように見える。


 彼女が救われなければ、分断された三つの世界は無に沈むだろう。

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