43.ライターズの翼
エネア発射デッキは宇宙が見晴らせる広大なプラットフォームである。勿論、ここでは大気はないため空気製造機が設置されている。人間の体温を感知して動きに合わせて強力な空気の柱を発生させる仕組みである。
三人は冷たい風に吹かれながら、お互いをみつめあう。山の頂から飛び降りる以上の勇気が必要だった。オンソロージーSは三人の後ろに飛び交いながら、不満の様子で光の照射で彼らの背中を突く。
ラックーサは震える手を握りこむ。変身はライターズの心情やモチベーションと綿密な絡みのあるプロセスだ。彼女は変身できる自信が全くなかった。
「ライターズ、今回はどの概念が侵されているのか不明です。お互いを頼り、チームとして戦うことが戦闘の大きなポイントとなります。変身には雰囲気や相手との関係性も大事です。気持ちを切り替えて、今までの練習を思い出してくださいね!」
できる限り迅速に出発しなければならない。頭でわかってもいわゆる心の準備がついてこない。自分はどうして戦う、どうして戦いたい。理想な自分は何者なのか、それをイメージしない限り心は開花しないもの。
「単独行動ではなく、移動するにはオンソロージーに促されている様に隣の相手の手を繋いでください、その状態で変身に進んでください」
三人は無言で幕僚長に頷く。オンソロージーはただ無駄に急かしているわけでもなかった。手を繋いだら、ポカポカ感は身体中に広がる。オンソロージーはメタリックな触手を伸ばして三人の背中を触れている。ピリッとした感覚が筋肉、脳裏に広がる。クセソーティアソは足の小指の存在までありありと感じられる。
なりたい自分が、目の前に紡ぎ出される。頭脳明晰で、英姿颯爽、仁愛厚誼、前人未踏の宇宙を旅する冒険者。
「「「Believe my light!」」」
三人の勇ましい声が無限の宇宙に響き渡る。
首にかけたファノースが素早く反応し、眩い火花の円環が広がっていく。衣服が光に溶け、輝きの奔流がライターズの成長した手足を包み込む。そして光芒は硬化し、鮮麗な鎧、日神衣を型取ると、金属の翼がその全てを抱くように覆った。
「すごい、暖かいい」
ラックーサがほっと心からの笑みをみせた。
三人は頷き、クセソーが指を鳴らしたのを合図に、断片テレポートが始まった。
姿は残像も残さずかき消え。光速をも超えるスピードで宇宙領域を断続的に跳躍し、凄まじい距離を進んでいく。引力・重力もない。しかし三人は親鳥に我が命を任せる雛のような安堵を抱いていた。
光の概念が奪われた宇宙はもっと気味が悪いと思っていたが、ぽつぽつ輝くラディアントオーアがありとあらゆる惑星に散りばめられていた光景は、不思議と心が和む。
数秒でロコーナイス座標近辺に辿り着く。確かに車酔いにはならなかった。
下方に、不自然な角度で自転している巨なる宇宙船が確認できたが、繊維獣の個体は見当たらない。
オンソロージーはメタルの触手で船を指している。少年は次の行動段階に入る前に、念の為SUB幕僚長に確認を取るべきだと気がついた。しかし返答はなく、アブレイズクロックの受信機からは何の音も聞こえない。
従来なら、概念侵食フィールドに没入すれば外部との存在論的な接続は解除される。その場合は画像も映らないはずなのだが、画像がきちんと写っている。
「画像が写っているということは、またグラウンド・メタの中か? ちょっと変だな」
ネオンライトの戦士の呑気な口ぶりに、二人は恐ろしい表情を顔に浮かばせる。ぱくぱくと無音で口を動かしている。お互いの声が聞こえていないのだ。ラックーサは恐る恐る己の手を二人に差し伸べる。ネオンライトの戦士を中心にお互い手を繋ぎあうと、決意の表情で頷く。声で伝えられない分、感触で伝えるのだ。
クォーツリナに約束した。今回の戦いは、団結心を重んじると。
三人は互いの掌のぬくもりを頼りに、翼となったオンソロージー押されながら、宇宙船へと向かう。
まずは侵入経路を探さなければならない。入り口は二重ドアからなっており、中央エリアは真空空間に露出されている部分となる。外部のドアから入ったら、密室。空気を注入することで重力を作りだすエリアだ。このような独特な見た目のドアは複数あるはず。
ソーラルがクセソーティアソをちょいちょい、と引っ張った。丸いレバーが付いている分厚い扉を目線で示す。間違いない。
三人は息をひそめて宇宙船に忍び込む。幸いなことに警報の類は鳴らなかった。むしろ何百名もの乗組員を擁する、これほどの巨大な戦艦が宇宙の余韻そのままの静寂に包まれており、逆に不安を掻き立てる。音ひとつしない空間に足を踏み入れるたびに、緊張が増していく。アブレイズクロックから送られてきた艦艇の設計図を頼りに、彼らは中層にあるメインデッキへと向かう。そして、その先に待つ「ロサリア」という名のラウンジを目指すのだ。
その時、翼形態を解除したオンソロージーが、いつものナノマシンの群体に戻り、静かに飛び立った。まるで三人を導くように、先を行く。