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41.無言の叫び

 その時だった。すさまじい轟音が宇宙の沈黙を破り、船は乱気流に巻き込まれた様にグラグラと揺れる。そして、ブラックアウト。宇宙船全体の一次電源が止まったのだ。


「な、なに? どうしたの? 」


 わずか数秒で宇宙船の電気が復旧した。しかし、何かがおかしい。

LDC副隊長が取り乱していることが見て取れたが、声が聞こえない。宇宙船にはその場にそぐわない不気味な沈黙が広がる。

 同じくデッキにいる兵士達もパニックに陥っている様に見える。叫びや怒号も、全ての音が断片的だ。こちらを勢いよく振り向く兵士が、口を開けて何かを伝えようとしているが、言葉にならない。全てがスローモーションに動いている。


(これは繊維獣の攻撃? そんな……)


 もしかして音の概念が攻撃されているのか。突然の脅威に、スフェアリーの脳裏に霧がかかり、頭の回転が鈍くなる。

よろよろと震える脚で窓に近づくが、繊維獣らしい巨体は肉眼では見つからない。振動、騒音、そして足跡が、断片的であるが確かに聞こえる。音の概念は関係がないのか。


「誰か!」


スフェアリーが声を上げれば、自分の中に反響する。ただ周りに聞こえている気がしない。声が届かない。声の概念が侵されているのか。そのとき、ひときわ大きく船が上下に揺さぶられた。床に叩きつけられたスフェアリーは、手持ちのアブレイズクロックに「アクティベート」と叫んでみる。しかし何も起こらない。アナログモードでタッチしてみても、いつものホログラムパネルは起動しない。


(まずい、航路を確認しなくちゃ)


 弾かれたようにメインブリッジに向かう。心臓の鼓動が激しい。ドアを体当たりで押し開くと、息を切らせたまま、ビューポートに広がる計器を睨みつける。


 宇宙船は惑星の軌道に乗り、今では予定航路を外れている。その上、従来なら百八十度であるべき船首のスタビライザーは百七十一度を指し、垂直に回転していることを示していた。九度の傾きは見逃せない。もし著しく失速すれば宇宙フィールドへの漂流は避けられないだろう。


(この速度での漂流なんて、死の宣告じゃない……)


 警報が鳴るまで待つ余裕もない。高エネルギーの領域に巻き込まれれば、再ドッキングは絶望的になる。それどころか、一瞬で二百名以上の命が蒸発する。免れたとしても、他銀河の構造は天の川と異なり、解析された精密なルートに従わない限り、超新星残骸や隕石に衝突する危険性もかなり高い。

あまりの事態に、スフェアリーの瞳は光を失う。

その時だった。


「ーー痛っ!」


 バチバチっと火花のようなスパークがブリッジ全体に舞った。空気があちこちで爆ぜて、鋭い痛みが走る。周囲の兵士達も攻撃を受けている様子だ。


(何、これ、紺土星の昆虫? まさか、ここは大気圏の外なのに……? いえ、異なる銀河の生き物なら何でもありえる)


 一心不乱にメインパネルを操作するが、検索するデータベースにも該当するデータはない。さらに奇妙なことに、バチバチと爆発が閃くたびに、周りの空間が奇妙に膨張していく。雑音が薄くなり、彼女と周囲の隔たりが広がっていくのだ。まるで自分だけ異なる世界へ引きずり込まれているようだ。


(いやだ、何なのこの感覚、気持ち悪い)


 スフェアリーは一人真っ暗な海の底へと沈んでいく。完全な無音の中、心の声だけが響く。


【お前は結局ただの下品な女だ。見た目が良くて、淑やかに振舞っているから、周囲に認められているけれど、本当のお前の醜さが露呈したら、皆離れていくさ。永遠に一人になるんだ】


(誰……? 何の声なの? )


【実物以上に優れた女性を装って、そのくせ浅はかな虚栄心の裏で、演技することに疲れ果ててる。あの男にお前を助けられると思う? 彼に縋るそぶりをみせたって、すぐに別の獲物が欲しくなるじゃないか。空っぽな中身を自己陶酔で満たそうとするだけの、愚かで綺麗なお人形にすぎない】


(やめて、やめて、お願いやめて!)


 己の声に心を暴かれ、少女はきつく眉根を寄せる。偽りではない本物の涙が滑り落ちる。苦しい。

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