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4. めんどくさい女子と求めてない出会い

 一四六羅刹ストリートは秋葉原の中央通りに隣接している裏通りだ。

 普段であれば人通りが少ない時間なのに、SUB兵士が数多く巡回している。


(戦う敵はいないのに、何故パトロールしているのだろう。もしかして俺の護衛?……だったらやばいじゃん、完全に門限破っているし)


 内心焦りながら、クセソーティアソは兵士の横を「どうも、どうも」とぎこちない会釈で通り過ぎる。


「あ、クセソーティアソ様、こんな時間に……お目にかかれて光栄です……安全な帰途を祈ります!」


 踵を打ち鳴らし、深々と敬礼。しかしクセソーティアソは理解している。彼らの目にあるのは尊敬よりも、得体も知れずいつ襲い掛かるかもわからない化け物への畏怖なのだ。


 振り切るように大通りに出ると、少年は気持ちを切り替え、今夜の散策の目的、つまりストレス解消に集中しようとする。 夜はまだ十九時、喧噪は尽きない。


 アブレイズクロックの購入、修理、パーツ交換、改造を謳う電飾看板が鮮やかに煌めき、ガジェットに煩い客が往来を闊歩する。ラディアントオーアの街灯はこの時代の平均を大きく上回る明るさだ。さすが新・新秋葉原と言うべきか。


(そういや、アブレイズクロックの改造ガイドブックを借りたいと思っていたのだっけ)


 散策がてら、少年は千代田区立昌平まちかど図書館に向かう。二九〇〇年代の空想科学的なデザインと中世風の内装が混在していた。「大黒災」以前の文明のホログラム技術の凄まじい進化のおかげで、紙媒体がほぼ絶滅した頃があったが、現在の読書スタイルは「ろうそくの灯りに紙」といった古代のスタイルに逆戻りしている。


 図書館の敷地内に足を踏み入れた途端、強化された警備に気がついた。目立たないようフードを深く被り直し、隅の席を狙う。その時突然、眼の前に人が立ちはだかった。 軽い会釈で通り過ぎようとしたクセソーティアソの進路を再び無言で遮る。


「……あんたね」


 恐る恐る目線を上げると、黒いスカートスーツに身を包んだ若い女性だった。制服から見るに、政府関係者だろうか。


「こそこそしてどこに行くつもりなのぉ? 」


 墨色の瞳には太陽のフレアの虹彩が怒りに燃え、唇は今にも罵声が飛び出しそうに歪んでいる。細い指先でいらいらと弄られる髪はラピスラズリのような藍色。華奢なのに、白いシャツの下では豊かな膨らみが窮屈そうに収っている。色のセンスも何もかもが面白いというかアンバランスというか、否そもそも誰なのだろうか。思わず首を傾げる少年の前で、女性はこれみよがしに大きなため息をついた。ずいっと顔を近づけて、甲高い声で喚く。


「クセソーティアソ君ですよねぇ、オンソロージーSはどこに隠したんですかあぁ? 追跡レーダーから消失して一時間経ったのですけどぉ!」


 背後を探るようにぴょんぴょん飛び跳ねた拍子、ごつんと火花が出るような勢いで額がぶつかった。


「痛っ……っていうか君は一体誰? 」


 顔をしかめる少年にも自分の腫れた額も意にも介さない。女性はびしっと指を目前に突きつける。


「あのねクセソーティアソ君、あなたは自分の立場を理解していますかあぁ!?  肌身肌離さずっていう言葉の意味を理解してますかぁ!?  光を失ったこの時代、私達人類は常に危険と隣り合わせなんですよぉ!こんな行為は、貴方自身のセキュリティが危うくなるだけではなく、貴方が守りたい市民達まで危険に晒すんですよぉ!もーー!」


 捲し立てながら両手をぷんぷんと腰にあてていたかと思えば、額を抑え大げさに嘆く。女性の芝居じみたジェスチャーに圧倒され、何がなんだかわからないけれどとにかく謝りたくなる、その時だった。


 突然ドリルのような振動が全身に駆け上ってきた。地鳴り、あるいは地震だろうか。足元がおぼつかなくなる。女性もさすがによく回っていた口を引き締めた。


「揺れが強いですね。まぁこのタイミングなので、一時休戦にしましょう。回転街の巡邏もそろそろ始まりますし。でもこれで終わりだと思わないでよぉ!」


 アブレイズクロックを見れば、確かにひまわり回転街の日光微調整流動がいよいよ始まりそうだった。光源の吸収率の増加を目的とした機械の半自動式回転で、それに伴い警備員と市民は定期移動しなければならない。どれだけ経験してもスラム生まれとしては慣れることができないが。


「えーっと、そもそも君は誰?  しつこいんだけど」


「なっ、しつこいって私を誰だと思ってるんですかぁ!? 」


「だから誰だって何回も聞いてるんだけど」


「私? 自己紹介が必要ですか? 私は政府と軍事の橋渡し役、秘書兼補佐の……」


「うわぁぁぁぁ!」


 残りの言葉は、そこで秋葉原の地響きに飲みこまれた。


 今度こそはっきりわかる。これは回転街の微調整流動など関係ない異常事態だ。街中のサイレン警報が鳴り響き、イグナイト東京全体に緊張が走る。間違いない、最大危機を示す「無特定地球外生命体襲撃」を意味する発令が下されたのだ。


 避難勧告が相次ぐ中、大きな荷物を抱えた市民が慌ただしく家から飛び出してくる。物々しい装備の地上兵が落ち着くように促しながら避難ポイントへ誘導をし始めた。


「まさか……」


「おいお前達、早くここから離れなさい。政府の指図があるまで自宅待機だ」


 遠慮なく肩を鷲掴む地上兵の手を「ねえクセソーティアソ君、見て」と、華奢な指先が振り払い、少年の手首を指した。


「アブレイズクロックが光ってる!」


「あ、ほんとだ。ってか熱ーー! な、何だこれ……? 」


 見れば、時計の要石が熱で溶岩のように紅く染まっている、そこから僅かな光が伸び、空中に徐々にホログラムの輪郭が形成され始まる。誰かから電話が着信しているのだ。小刻みに走るノイズの中に女性の姿が見える。電波が妨害されているのか、はっきりと顔は識別できず、音声も途切れ途切れしか届かない。


 代わりに耳馴染みのある金属の羽音がした。逃げ惑う人々の間から、フルパワーで浮かぶ石と小さな機械の群れが宙を駆けてくるのが見えた。目標は間違いなく自分達だ。


 クセソーティアソは「やばい」とだけ呟いて凍りつく。さすがの横の女性も悲鳴をあげた。


「ちょっとなんとかしてよぉぉぉ! あれ私達を狙ってない!?  ライターズでしょあんた!? 」

「肌身離さず一緒にいろって言ったのは自分だろ? 」


 追いかけられたら逃走したくなる本能に従い、クセソーティアソは全力で神田方面へ向け、駆け出す。


(警報も鳴っているし、あの機械は今までにない光り方をしている、捕まったら絶対ろくなことがない)


 しかし、ナイトダイブで既にスタミナと光源ストレージをたっぷりすり減らしていたので、神田神社の周辺まで逃げたところで、無機質なナノマシンの集塊に取り囲まれてしまった。


 オンソロージーSが、嘲笑うかのようにふわふわと浮かんでいる。と、鈍い隕石は急に空中に止まり、ライターズ候補の腕の中にずっしりと飛び込んできた。


「もう、今日は一体何なんだ!? 」



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