39.大間網羅世界政府の共同会議
冷静沈着な態度を保ちながらも、クォーツリナはスフェアリーに意味深な目線を送る。ラディアントオーアのスポットライトがゆっくりと巡ってくる。スフェアリーは優雅に立ち上がった。
「皆さん、私はSUB組織の特命中将、スフェアリーと申します。これから三件の戦闘データを報告します。お手元のデバイスを御覧ください。ご周知の通り、現在光源生成選定候補者:通称ライターズは男性二名、女性一名、合計三名が確認されています。その三名とも日本と血縁の経歴があります。年齢は十四~十六歳ですが、ライターズは戦闘中、加速的成長と新規身体能力の発達を示していました。タナー段階四から五まで相当する身体と精神の成長が確認できました。つまり成長する姿は二十~二五歳に当たると思われます。何年もかかるプロセスをほぼ百十秒で成し遂げることも確定事項となっております」
参加者から、ほうという驚嘆の溜息が漏れた。
「また、こちらもご存知とは存じますが、オンソロージーは人類と意思疎通を測ることができないのです。そのため彼らの行動は不可解ですが、これを解するためにオンソロージーがライターズに預けている隕石、オンソロージーSが大きな役割を果たします。特にこの石の「孵化」現象に伴って、特異なデバイスの出現が確かめられました。日本宇宙ステーション光宮小野寐の化学解析部門および光・物概念波動観測部門化学部門の分析によるとオンソロージーSという鉱石は前代未聞の変化を成し遂げました。エネルギーの過負荷だけの話ではありません、この中には部分的に光の概念の修復を認めることができました、また暫定的な結果ですが」
会場から更に大きな驚愕の声が上がる。
「……興味深いことに、この隕石は電球の形に変化します。このイメージはおそらく衰光エラ前の人類史にとっての「光」の象徴ですね。そして電球の「タイプ」はライターズ戦士によって異なります。これにはおそらくライターズ自身の固有性が反映されている可能性があります。解析によれば、この電球とのライターズとの同率こそは加速成長過程を惹起すると思われます。この電球を私達はファノースと命名しました。戦闘時、パルテノナ・フォスという武器に換装されます。構造は御覧の通りです」
スフェアリーはエレガントに指を滑らせ、ホログラムスライドを示す。
「物理的なインプリントを有しない虚数の様子が混在してます。我々人類では及びもつかないこのテクノロジーは、少なくとも准タイプIVの文明にあたります。つまり宇宙全体を制御・利用できる文明ですね。ファノースの中層にあるこの架空、言い換えると形而学的な構造は人間の透明な「心の繊維」にあたります。天然有機物の個体の感情世界に連続する橋を形成する構造物で、心情を反映するものです。例えば、ライターズがポジティブな感情を抱き、己に自信とモチベーションを取り戻せば、ファノースとライターズの心の間に電気回路が組み込まれます。この形而上学的な回路こそがライターズの超能力の源と思われます。尚、ライターズの心の成長の過程は外部の要因に誘発させられることは不可能です。自発的な「自己啓発」と自己認識に誘発されます」
聴衆がついてきているか、スフェアリーはそっと伺う。大丈夫だ。そのままよく通る声で続ける。
「但し、他の個体との関係性、外部の現象などが促進因子及び阻害因子になり得ます。能力を獲得したライターズは部分的でも概念の修復また阻害を取り扱えるスキルも獲得すると思われます。つまり、最終的に概念の侵食フィールドを干渉できるのは、ライターズ戦士のみと言えるのです。但し彼らの能力は心情に左右されており、非常に不安定であります。簡単にいうとライターズは極めて強力な力を備えているものの、振れ幅が大きいため、民間人の保護などにおいて、後方支援軍の存在が勝率を上げるために不可欠と考えています。現時点でのデータの開示はこれで全てとなります。質疑応答があればどうぞ」
スフェアリーは深く息を吸う。報告を終えた瞬間、痛烈な疲弊感に襲われる。
結局、首相の提案もあり、各国の人材の配分については、公正な投票に基づき決定することとなった。結果として、過半数のメンバーは地球外光源探求を目的とした宇宙遠征の休止に対して賛同に至る。反乱の火種が燻ったまま総合会議は終わりを迎えた。
夕方十七時ごろ全てのメンバーが退出した元盛岡地方裁判所。議事録を書きかけていたスフェアリーと水森補佐の目が合う。
「あ、スフェアリーちゃん、あがり症治ったんだねー、今日の報告とってもわかりやすかったよ!」
「そ、そうですか、恐縮です。水森さんっていつもお優しいですね……」
溌剌と笑顔を向ける水森と違い。淑やかに手を唇に添え作り笑いを浮かべるスフェアリーは、早くこの場を立ち去りたかった。こうして本心を必死に隠し「いい子の演技」をする時間は、生命のバッテリーを容赦無く消費する。
心身ともに疲弊したスフェアリーは泣き叫びたかった。早く一人になりたいと願いながら、廊下に向かう。その時だった。
「あ、金剛隊長!お疲れ様ですぅー!」
水森補佐は甲高く叫びながら、スフェアリーを追い越し、廊下を通りがかったアダマンティヌース金剛に猛然と駆け寄る。
「お久しぶりですね、たまには訓練所にも顔を出してくださいよぉ!」
「……ああ」
愛想の欠片も無い顔を覗き込むように、ぐいぐい近づいて水森がはしゃぐ。スフェアリーは苛立達を隠せず顔をしかめる。
(この女まじでうぜえ、あたしの前でわざとこんなことしてるの? ーーはっ!)
アダマンティヌースの視線を感じた瞬間、彼女はすかさず柔らかい表情を貼り付けた。儚げに頬を赤らめて「ごきげんよう」と嫋やかに一礼する。クォーツリナが遠くから、怪訝な表情でスフェアリーの背中を見つめているのには気が付かないまま。