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35.母性の意義

 ぐらりと傾き倒れる杉と共に、ハロゲンランプの戦士の身体が無情にも地面に叩きつけられる。

「くっ……やべっ……」

 隙をつかれたのか、ソーラルは繊維獣の前で無防備な子供のように茫然と跪いている。漆黒のインクを垂らしている フィラメントは目前だった。


「危ない!」

 クセソーティアソは繊維獣に背中を向け、己の体で幼きソーラルを庇おうと身を投げ出す。

「おい!やめろ!」

 繊維獣の放つ黒い光と火花を背中に浴びているクセソーティアソの身体からは、焦げ付くような臭いが立ち込める。暗黒のビームは絶えない。あまりにも強烈すぎる。

 このままでは八つ裂きになってしまう。


「そんな、自己犠牲なんていらないんだよ……!」


 幼い腕を伸ばし、壁となったライターズの腕の中から必死に抜け出して、光の前で手を広げた。


「馬鹿! お前は変身だってしてないんだぞ!ぐっ……」


 ネオンライトの戦士は歯を食いしばり、それでもソーラルを再び身の中に抱き込んだ。日神衣が溶解し始める。

 身を挺して子供を守る大人。二人が創出しているのは紛れもなく、親子の心情だった。少なくとも母が存在しない世界ではこれは母性に一番近いものであろう。

チカリ、と二人の胸の真ん中から、まばゆい光が生まれた。まるで二人の絆が具現化したかのような、まばゆい光芒は周囲に漣のように広がり、わずか数秒で冒険の森全体を覆う。


 そのとき、概念侵食エリアに異変が生じた。


 光に耐えられない盲目の蜘蛛のように、繊維獣は金属音をあげながら退く。

ソーラルは自分の腹部を確認すると、何もなかったように見慣れた臍がちゃんとついている。念じてみて有糸分裂で分身を作ってみても、何も起こらない。


「見てみて、俺の臍が戻ったよ、この空間、母性、人類の普段の生殖方法が取り戻されているはず」

 ハロゲンランプの戦士は興奮している。

「ううん、グラウンド・メタに侵された概念は部分的に修繕しているのか」

クセソーティアソは半信半疑だ。隙間を利用してソーラルは剣の先端を自らに向け、


「 パルテノナ・フォス:Sagitta : 紐繕光玲!!!」


 戦士は大人の姿に戻り、薄れていた日神衣も光を取り戻す。


「あれ? 知らない詠唱だぞ? 俺もう先輩を超えちゃったかも!」

 クセソーティアソは満面の笑顔で新しい仲間を揶揄う。しかし喜びは長くは続かなかった。漣が膨張の限界に達成し、張りつめきった泡のように、反転して縮小する。

「この概念の回復はあくまで暫定的なものに過ぎない、あの化け物は強力すぎる……」


 ソーラルは気を引き締め直したように呟く。現在二人は修繕されているエリアにいるが、ふたたびグラウンド・メタに飲み込まれるまで時間がなかった。

今こそ攻撃すれば致命傷を与えられるはず。有糸分裂の繁殖は不可能で、今は複製できないからだ。

 漣は予想以上の速さでみるみる縮小し、繊維獣の位置まで達した。


(もうあの化け物の再生能力は止まる)


「……」

「思い通りに行かないぞ」

 深く息を吸う。ソーラルには勝算があった。


「ラックーサ、行けえええええ!!!!」


 思いっきり叫ばれた名前に、クセソーティアソは驚愕した。

「えっ……どうして彼女を知っているんだ? 」


 上空に、光の粒子が凝集し赤ん坊の姿になった。輝きの毛布に包まれた、あどけない頬と長い睫毛にどこか見覚えがある。丸い額を縁るコーラルの髪が、驚くべきスピードで伸び始めた。空を掴む紅葉のような掌から、細い指先がすらりと伸びる。発育プロセスはわずか数分の速さで進んだ。赤ん坊から女児へ、そして可憐な少女へと急激に成長する。


「ラックーサ!? 」

 遂に見覚えのある姿になった少女は、優雅に微笑みを返した。

 首に下げた光るファノースを手に取り「Believe my light」と軽やかに唱える。たちまち、光の神鎧に紫の翼をもつ、ライターズが現れた。

 繊維獣数体は四面に引き伸ばしていたフィラメントを胴体に反転させ、光線を蓄える。漣は引き潮のように二つの間を漂っている。


 半分概念侵食されているエリア、半分は概念修繕されたエリアだ。数秒後、その隔たりが弾けとんだ。

 灼熱に燃える瞳のラックーサは、己は行うべきことをすでに分かっていた。

舞台に上がることを待ち侘びる俳優のように、この世界に生まれることを辛抱強く待っていた。敵に向かい、地を滑るように駆ける。


「パルテノナ・フォス :魔槍・Lyra、混沌瞬華(こんとんしゅんか)フュージレイド !!!」

 以前の攻撃とは明らかに異なる。琴座の高尚な輝きが上空の一点に集合し、無数の光線に弾ける。無限の大砲が炸裂したような、光弾のシャワーだ。

「今よ!! ソーラル君、お願い!!」

 空から少女が叫ぶ。ソーラルは自分がすべきことを瞬時に理解した。いま紡ぐ言葉と鼓動は観察学習ではない、心からの咆哮。純度の高い結晶体が自分の中で生まれたようだ。


「 パルテノナ・フォス:エンジン剣・Sagitta、陽子風(ようしかぜ)爆破(ばくは)!!」


 藍、青、緑、黄、そして黄色に近い白色。太陽光線が空を降下し、ラックーサの光源の一点に辿り着く。溶け合ったエネルギーが無限の落雷を生成する。

 概念の矛盾した世界の間際に迷い込んだ繊維獣数体は、贖いの稲妻を浴び、軋む音をたてながら、愉悦とも苦しみともつかない断末魔の叫びを上げる。

 方向性を失った怪物は、どうん!と大地に激しく激突し、その衝撃で活動を停止した。八〇メートルもの巨体が地面に叩きつけられた瞬間、地面はその原子の力によって深く侵され、まるで爆発したかのように、同心円状に広がる砂嵐が一瞬で森を呑み込んだ。


「やった……? 」

「……ああ」

「勝った……? 」

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