34.複製の科学
再び日神衣に身を包むと、ソーラルは強い眼差しでクセソーを見据えた。
「あのさ、有性生殖が欠如している空間だったら、この世界のルールを利用できると思うよ」
「わかるようなわからないような……えーっと、つまりこの概念侵食エリアには人間は生まれる過程は違うってこと?」
「そう、それだけではなく、そもそもここの生命体は有糸分裂で増殖するから、哺乳類の成長過程における身体的な発達も存在しない」
「……」
ネオンライトの戦士の沈黙。
「ああ、つまり! こいつらは無限に複製できるわけか?」
「うん、確かに」
「ちゃんと考えろ! 俺達もこの空間の中に存在している。世界の形而学的法から逸脱しているわけでもない、だから俺達もその気になれば分身を作れるんじゃないか?」
「僕達? 理屈は通じるけど、嘘だろ……」
「とにかく試してみようぜ!」
なによりソーラルは楽観的だ。クセソーティアソは有糸分裂で繁殖したことなど当然ない。とりあえず知恵を絞るようなポーズで「複製しろ!」と念仏のように唱えてみる。
……何も起こらない。
「だめか。なら、生存本能を高めて、ここの圧倒的に優位な種になりたいと願いを込めないといけないかもしれない」
ソーラルは淡々と言う。
「そんな尊大なこと考えるわけないじゃん」
「お前の本意は置いといて、とりあえずだよ!」
悠長に議論する時間がない。光源の盾が薄くなり、繊維獣三体の鞭の嵐は防御を破るところだ。
「くそっ……当たって砕けるしかないか!」
(複製、複製、複製……!)
自分の輪郭が歪み、引き伸ばされる。ぎりぎりと締め上げられ、今にも引きちぎれそうになる。
皮膚がぼろぼろと崩れ落ち、無理やり再構成されるような、ぞっとする感覚――。
それでも、なんとか二体の分身が隣に出現した。意識を向けると、影武者のように思い通りに動かせる。
空間を切り裂くような残像を残しながら、分身たちは瞬時に繊維獣を取り囲む。
「放てぇぇぇぇ!!」
ソーラルの号令とともに、分身たちは一斉に剣を振りかざし、空中で閃光を散らした。
ガキィィィン! ガキィィン!鋼鉄がぶつかるような音が響く。繊維獣を囲み、何度も何度も剣を叩きつける。更に畳み掛けるように、
「陽子風爆破!!」
ごうっ!と二倍になった光線の炎が繊維獣の胴体に生傷を開く。金属製の絶叫が森に響き渡る。
「ナイス、ソーラル! パルテノナ・フォス:杖・Corona Australis、閃光流動柱!!」
杖を空中にかざすと、黄の網様の光が敵を切り刻む。
ただ、どれほど与えるダメージが致命的になっても、繊維獣が複製で新しい個体を無限に生み出している。いつの間にか空全体は漂う宇宙人に埋め尽くし、二人は終わりの見えない接戦の連鎖で消耗している。
「クセソーティアソ!危ないからこれ以上無闇に分身作るな。生命力を捧げているから、下手すれば死んでしまう。大雑把な計算だと、人間なら最大六体程度が限界ではないかな」
「今更言うか!」
「すまん、すまん、敵の複製を止める方法を見つけたら良いけどな」
ソーラルは暗黒の光線をすんでのところで躱し、大きなため息を漏らす。
(この空間の生殖プロセスの歪みだ、その機構をハッキングできれば……)
二人は疲弊の限界に近づいていた。杉一本の後ろに身を隠れながら、息を大きく飲み込む。わずか数秒の休憩。戦いが再開する前、相棒に合図を出した。
一瞬だった。
複数のフィラメントは一気に増殖し、極大な腕に類似した構造物を作る。合金の腕は横長に大きく広がり木々をばさばさとなぎ倒す。
防御の詠唱を熟せないソーラルの日神衣は反応し、彼を守るために脆い硬化を試す。しかし、エネルギーが足りない。変身が解けてしまう。