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Lighters of the Radiant Burst  作者: パントー・フランチェスコ
威嚇、助けてという絶叫
32/71

32.遺伝子組み換えのソーラル

 存在自体が最初からなかったかのように、跡形もなくラックーサは消えている。背筋にぞっと寒気が走った。


「どうしよう」


 本当に彼女の身に不可逆な被害が生じているなら、クセソーティアソはこれからとても戦闘などできる自信がなかった。彼女はかけがえのない大切な仲間だ。


「概念の侵食によって、身体の部分が千切れたり、変質したり……」


 クォーツリナの不気味な言葉が脳裏の中に響く。不安と恐怖に引きずられそうな意識を取り戻させたのは、何かが崩れるような爆音だった。

 少年は弾かれたように寺の方へ顔を向ける。ここは安全ではない、ひとまず戦場まで行くしかない。


「クォーツリナさん、アダマンティヌースさん、聞こえますか!?」


 コンセプトコンテナの向こう側にいるSUB幕僚長、LDC隊長を呼んでも、受信機から返ってくるのは雑音だけだった。文字通り一人の戦いなのだ。

 ネオンライトの戦士は危機に備え、低く滑空する。オンソロージーは低空で超音波を発しながら巡回し、動物達が近づかないよう威嚇している。

 眼下に広がる戦場の光景は惨烈だった。

 繊維獣のフィラメントに囚われた狐耳の戦士が、唸り声をあげながら変わった形の剣を盾にし、奮戦している。剣の刃頭に輝く電球の光はバリアを張っている。


(あれはファノースだ!)


 気配に気がついたのか狐耳の兵士が空を振り仰ぎ、二人の視線が交錯する。


「ええと、君はライターズ候補だよね、助けに来たよ!」


 クセソーティアソは繊維獣一匹に向い、知らない戦士の援助に速やかに移る。


「うわ、びっくりした。お前……ニュース映像で見た、確かにライターズ第一号だ!やっと来てくれたな、待ってたぜ!」


 驚き半分、嬉しさ半分で活気を取り戻したソーラルに「任せろ!」と頷きを返すと、光弾をパルテノナ・フォスに装填する。


「パルテノナ・フォス:杖・Corona Australis、閃光(せんこう)流動柱(りゅうどうちゅう)!!」


 放電と燐光を撒き散らしながら、光の太い柱が出現する。杖から放出する光線が機械体を灼き、空に南の冠の星座を描き出す。

(武器を命名する賦活効果か、強い……)

 ソーラルも「はぁっ!」と剣の柄で攻撃するが、脚にまとわりつく繊維の拘束は全く揺らがない。


「ちなみに君はこのエリアに欠如している概念って何か心当たりがあるかい?」


 連射を続けながら、クセソーティアソが尋ねる。


「全然。こいつは元々お前と琵琶湖で戦ったやつの複製なんだ。こいつが監禁されていた施設に侵入したら、いきなり二匹に分裂して、暴走しちまった。しかも冒険の森の動物まで暴走してやがる。俺はこのエリアに詳しいが、今は何かおかしい、……ぅぐっ!」


 呻くソーラルの額から大きな汗の粒が伝う。


「待ってくれ、これは僕が琵琶湖で倒したやつなのか?あの時確かに死んだはずなのに、施設に保管されたなんて、ますます意味がわからない。繊維獣の仲間から再活性化されたのか……」


 ネオンライトの戦士は空中に飛び跳ねながら、優雅に光線で弧を描く。


「パルテノナ・フォス:杖・Corona Australis、閃光(せんこう)流動柱(りゅうどうちゅう)!!!」


 繊維獣の一体が白熱の光を浴びて、少し後退する。


 ソーラルはパルテノナ・フォスの使い方をまだ掌握しきれず、ただ暗黒の鞭を躱しているだけだ。


「君の動き……見たことない。遺伝子組み換えの子?」

「ああ」

「あ、ごめん、失礼だったかな!」

「いや、大丈夫だ」

「本当はもう一人仲間がいるんだけど……、見失っている、概念の侵食フィールドに入った瞬間消えてしまったんだ……」


 クセソーティアソはパルテノナ・フォスをバットのように使い、フィラメントを文字通り殴り返す。獲物を捉える蜘蛛のように、じりじりと二人を囲う繊維の輪が狭まっている。


「概念の侵食で人が消えな……?俺のリサーチによると生命体の改造や消失が認められた場合は、極めて基礎的な概念の関わりを考慮するらしいぜ」


 ソーラルは剣を振り下ろす。


「とにかくのんびり談笑できないな」


 ソーラルは言われなくても十分に理解している。このまま消耗し続ければ地獄行きだ。折角仲間が助けにきてくれたのだから、侵食概念を突き止めなくちゃ。


「あ、今更だけど名前は?僕はクセソーティアソ」


「ほんとに今更だな、でも知ってたよ、俺はソーラル、よろしく!」


 いうや否や、ソーラルはフィラメントの鞭の合間へと跳躍する。


「ソーラル、打開策を思い練らない限り、僕達は死んだも同然だ。ここは僕に任せて、戦場を観察できるエリアに移動して、概念の同定を頼むよ」


 狐耳の少年が頷きを返すのを見ると、ひときわ大きな光の柱を打ち立てる。


 迫る二匹のフィラメントがその眩しさに萎縮し退いた隙に、ソーラルは戦場の中心部を離れる。高い杉の木を見つけると、するする登る。森全体は混沌に満たされている。遠方にも猿、熊、鳥の群がりが東奔西走している。大自然の生存戦略というルールに逆らい、木を噛み砕き、同胞を攻撃したり、共食いすらも見える。


(これはいわゆる、脱抑制だ。衝動を抑制する概念?でも違う、そういった曖昧な概念でこれほどの影響力を及ぼすわけがない)


 やがて異変に気づいた。大人の動物はいても動物の子供に値する小柄の個体は見当たらない。


(母が子供を守るために隠しているかもしれない。かなり物騒だし、いやちがう、そもそも大人達は危険視しているように見えない)


 長く観察を続ける余裕はない。クセソーティアソの守備を突き破って、一匹の繊維獣の太い繊維が奈落の底から噴き出ているように凄まじいスピードでてっぺんまで這い登っている。黒い光を放つ化け物はソーラルに鞭を下す。


「しまった、追ってきたか!」


 木を飛び降り、再び森を走りながら、ソーラルは先程掴みかけた思考をもう一度反駁する。


 小型動物を守る母親。それは彼にとって神秘の存在だった。


 今でもよく覚えている。里親に「あなたは人口子宮から生まれたのよ」と躊躇いながらも告げられた時に、平常心を取り繕うことできなかった。


 よく孤独に耽るようになったのは、その時からかもしれない。実母をもつ友達に対して嫉妬を抱いた時に気づいた。


(自分は劣っているのかもしれない)


 他と同じなんて価値がないじゃないかとずっと思い込んだのに、今考えれば、ほとんどは遺伝子組み換えの子である劣等感のせいだった。

 思考を巡らせながらもソーラルは、伸びる枝を雲梯のように次々と入れ替え、樹々の間を舞うように繊維獣の攻撃を交わしていく。

 しかし、いつの間にか涙が頬を伝っているのに気がついた。


「あれ?ムカつく……」


 他者の温もりが欲しい自分を認めざるを得ない。なでられたい、温かな温もりを感じたいのに、いつも他者を拒絶してしまう。じれったいのだ。


 ソーラルは変わりたい。

 うまく言葉で自分の気持ちを伝えられるかどうかはわからない。

 遠く、木々の先端から這い上がるクセソーティアソの光線の一撃は、彼はアブレイズクロックの電磁の盾を展開し、光線を拾う。今ならできる。


「そりゃあああああ!」


 腹の底から雄叫びが漏れる。頭に自然に浮かぶ言葉があった。


「パルテノナ・フォス エンジン剣 陽子風爆破ようしかぜばくは!!!」


 強化された黄色の光線が矢を形成し、一匹の繊維獣に叩き込まれる。


「グ、グオオオ!」


 怪物の合金の表皮が炙られていく。


「やるじゃないか君!それはパルテノナ・フォスの光線の力だよ」


 二人の目線が合うとソーラルは思わず微笑む。ライターズ候補ははにかんで頬をぽりぽり掻く。不本意ながら、後ろの尻尾も気忙しく揺れてしまう。


「あれ、何だこの感情?これってもしかして……」


 狼狽えるソーラルは今感じてることを否定しようとする。勿論戦う仲間が側にいて嬉しいが、気になると言われたら違うはず。


(男同士だしな……いや、ちょっと待った、もしかしてこれも概念の侵食は関係しているのか。どうせここはグラウンド・ゼロだ)


 とにかく時間を無駄にする余裕はない。振り切ったはずの二匹の繊維獣は迫っている。地上で孤軍奮闘するクセソーティアソは、再び窮地に追い込まれようとしていた。


(助けなくちゃ!)


 木々から飛び降りながら、ソーラルは空中に剣を振りかざし「陽子風突破!!」と叫ぶ。特殊なパターンの網様を有する光源は繊維獣の胴体を刻む。


(あれは何の星座だろう)


 本当に新しい仲間ができたのだと実感しながら、クセソーティアソは星の輝きを見つめた。

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