31.コンセプト・コンテナ
取り囲む保護バブルの層が加熱し、発光体となった二人が宇宙空間を貫く。
もっとも、光が奪われたこの世界の炎は鈍いため、二人はさながら黒い彗星のようだった。加速し続け超音速を超え、大気圏を突破する。
爆速で流れていく外気の中、いまだ手を繋いだままの二人は見つめ合い微笑んだ。
「あのね、この前、コンベイユアハートプログラムをこなして、今まで自分がどれだけ狭い世界に住んでいたのか自覚が芽生えてきたの……私、もっと視野を広げたいな。この戦いを通じて色々な世界を見たい。でももっと優秀な光磁遮道の選手なれる気がしてきた」
触れ合う手のぬくもりから、弾む鼓動と、今まで隠されていた胸のうちが切々と伝わる。クセソーティアソも今までにないほど素直に言葉を紡ぐことができた。
「僕もさ、こんなに不確かな要素いっぱいの戦争に参加して、他人に頼りながら正気を保つことができるなんて想像ですらできなかった……それはさ、君みたいに……弱さを見せることができる仲間がいるからだと思う……ラックーサ、ありがとう」
大人の姿の彼女が、少女そのままにあどけなく頬を染める。
「私は他人と比較して、優劣をつける癖があった。でも、やはりそうしてしまうと勝ち負けのままに自分が流されてちゃうね……。今は己の理想を目指せば、勝ち負けがないと気付いたから、私もね、弱さを少し見せても平気になった……」
ラックーサの瞳に、星が映りこみきらきらと輝く。
「変な自分の中の、ベストな自分になれば良いさ」
少年はにっこりと笑う。空を抜け、視界に大地の色彩が戻ってくる。地上への距離がぐんぐん縮み、目的地の古代信濃エリアに近づけば近づくほど、空間は乱雑になっているようだ。
「ライターズ、要注意よ、グラウンド・メタに接近中です。バリアの可能性高。私達はconcept containerと呼んでいますが、そこが二つの世界の境目です。一度そのバリアを通過したら、こちらの物理学の法律は効かない世界と考えてください、衝突の衝撃にもくれぐれも気をつけてください。身体の一部が千切れたり、変質する可能性もあります。速やかに防御体勢に入ってください」
クォーツリナは、淡々と物騒なことを告げる。
空気の乱流音が耳を打ち、透明な境目にいよいよ迫ってきたことがわかる。減速しながら、二人は慎重にバリアに近づいた。
少年は確認の目線をラックーサに投げる。ふいに、一瞬だけ彼女の輪郭が歪んだ気がした。録画された映像のようにぶれて、一瞬でその後通常通り戻る。しかし、彼女は何も気づいていないかのように言う。
「とりあえず突入するしかないね」
「ここからは咄嗟の判断力が問われるな。何が消えて、何が生まれているのか誰もわからない」
一瞬の違和感を胸にしまい、クセソーティアソは了承の頷きを交わした。深く深呼吸をし、一気に突入する。
「きゃあああああああ!」
「うわあああああああ!」
乱流と引力の嵐、乱れ轟く稲妻の電刃、全ての細胞が四方面に引きちぎられそうだ。堪えきれず、水中から浮き出るように止めていた息を思い切り吸い込んだ。恐る恐る目を開く。周囲は茂みと深い原始林。木々の隙間から、壊れかけの寺の屋根が覗き、苔まみれの腐った木材の鳥居がかつての威厳を誇っている。
「ふう、なんとか通れた。どうやら、あの寺が善光寺という衰光エラ前の遺跡だよ」
クセソーティアソはいつものように隣に顔を向ける。ーーしかし、
「あれ?ラックーサ……?」
仲間の姿はどこにも見当たらなかった。