30. 失敗に学ぶ
数分前。地球外生命体被襲撃特別発令警報が鳴り響く日本宇宙ステーション光宮小野寐は、ライターズ出動体勢に移行していた。
光・物概念波動観測部門に共有されたアブレイズクロックのホログラムスクリーン上で、繊維獣の襲撃場所が赤く点滅している。
場所は長野市、善光寺。
「諸君、今回の襲撃エリアは古代の信濃エリア全体となる。攻撃されている概念は現在解析中だが、浸食はすでにイグナイト東京に進出している。速やかな対応を頼む!」
アダマンティヌースの早口を遮るように、クォーツリナが慌ただしくロビーに駆け込んでくる。
「解析結果では、特に哺乳類の異常行動が目立ちます。猿、熊などは同族に対して残忍であり、共食いも確認されています……。さらに、動物の子供また小動物はエリア内のどこにも見当たらないようです。このような変化が概念の浸食と関係している可能性もありますが、現時点では詳細は不明です……ただ」
そこで、クォーツリナは言葉を切った。
「新しい光源形成選定候補者一人に該当するエネルギーパターンのデータが概念侵食エリア内に算出されております」
二人のライターズの顔に興奮が浮かぶ。
「ぬか喜びさせたなら申し訳ないが、波動パターンどころか、生死も未確認だ。まあ、まだ生きているにしても、現れたばかりで選定候補者の卵のような存在にすぎない。生存が確定次第、君達と同じ戦士になりえるが、戦力としては期待できないだろう」
アダマンティヌースは冷静に咳払いする
「覚えておいてくれ、選定候補者をサポートするのは第二任務だ。侵食エリアの拡大を阻止するのが君達の最優先のミッションだ。忘れないように。ただ、もし生存しているなら、彼もしくは彼女が今回の概念浸食特定を見つけ出すのに一番の適任だろう、くれぐれも先輩らしく……」
「はい!」
「もちろんです!」
二人のライターズは瞳を輝かせ、発射デッキに向かう。
「あの……僕達がグラウンド・メタに向かうためにどうすればいいのかな……変身で飛べると思うけど、戦闘以来変身のプロセスを再現できていなくて……」
クセソーティアソは失意と罪悪感の滲む小声で尋ねる。
この三ヶ月修練を重ねたが、二人は一度も変身できなかった。
意識すればするほど、目標は遠ざかり、今日に至る。隣のラックーサも目線を床に彷徨わせたままだ。五秒の沈黙を挟み、クォーツリナは苦い事実を告げる。
「現在オンソロージーは選定候補者の卵と一緒に行動してると予測できます……カプサに変形するなどの移動の助けは、期待できません。二人が変身してエリアまで飛ぶしかないかと……」
苦い薬を飲まされたような表情で、二人は青ざめる。長距離飛行も、先の戦闘以外再現出来ていない。戸惑いと不安の目線が交差する。
「大丈夫……大・丈・夫、マーイライターズ!」
と水森補佐の応援団のような大きな手拍子が鳴り響いた。
「だからですね、何か他人に証明するのではなく、自分のやりたいことだけ考えれば良いかと!ずっと期待に応えられない、どうしようなんて考えていたら、萎縮してしまうに決まってるでしょう!パフォーマンスの良さだけ考えて、失敗したら、悪く思われたら、バカにされたら、評価下がったら……そんなことでぐるぐるしてたら、誰だって変身できるわけないですよ!」
激励モードがどんどん加熱する。
「なーのーでっ!自分の理想の姿、どんな結果になっても絶対自分を裏切ることはないと考えたら、勝てます!いや、そもそも失敗なんて存在しないんです!あなた達と変身の間には白い壁しかありません。だーれも観ていない。観客なんていないから、試し放題でーす!あなた達の世界が全て。比較対象はいらない、他人の嫉妬もいらない、あなた達こそが、この世界の全てなんです」
水森補佐は新興宗教の伝道師のように力強く言い切ったが、このアドバイスには一理がある。
(誰もいない、評価は関係ない、そもそも失敗すら存在しない、自分だけの世界……)
今までずっと他人のことをずっと顧慮してきた。
評価が怖い、他人の判断が怖い。失望させることが怖い、バカにされるのが怖い。でもそもそもそれは存在しない、己と願望の間、白い壁、観客なしの世界のみ、と言うのは今までなら附に落ちなかっただろう。
「なりたい自分は絶対負けない」
クセソーティアソは反芻する。
「負けは比較対象を勝手に建てているから成立するので、そもそも比較対象がなければ、負けることもない」
ずっと聞きたかった言葉を、自分に染み込ませるように呟いた。隣でラックーサもこちらを見て頷きを返す。
(失敗しても大丈夫だ)
涙の膜を張った瞳で空を仰ぐ。なりたい自分、かっこいい自分は既にここにいる。いや、ずっとここにいた。
心には抑えきれないような愉快さが弾ける。
この数ヶ月焦がれ続けた、懐かしい感覚だった。胸の奥から熱い言葉が込み上げる。二人は昂ぶる思いと共に声を重ね、叫んだ。
「「Believe my light」」
無限の光の帯が宙を舞い、二人の身体に纏われると、神の衣、日神衣を紡ぎだす。美しい大人の姿へと変容する二人から、決意が溢れる。造りだされた杖と魔槍にそれぞれのファノースは嵌め込まれる。背中に授かった輝く翼をはためかせると、ライターズは発射デッキから飛び立った。
「いってらっしゃーーーい!」
喜びに跳ねながら手を振る水森補佐の姿がみるみる小さくなる。
真空の宇宙空間に生身の身体で出たが、輪郭に沿って酸素の層にくるまれている。これならば、呼吸も問題なさそうだ。
「これから大気圏再突入の準備に入らないといけないね」
クセソーティアソは「ライターズのファノースだったら、太陽風も耐えられる」というアダマンティヌースを思い出し、歯を食いしばる。
ラックーサは瞳に隠しきれない不安が滲ませ、
「あの……すごく厚かましいかもしれないけど、どうしても落ち着かなくて……手を握っても良い……?」
おずおずと手を伸ばす。少年は、「え、いや……勿論!」 と力強くその手を握りしめた。
「心配を分かち合って半分にしよう。僕達は一蓮托生だから」
伝わる熱に勇気づけられたラックーサが決意の一言を告げる。
「行きましょう!」




