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Lighters of the Radiant Burst  作者: パントー・フランチェスコ
威嚇、助けてという絶叫
29/71

29.勇ましい変身

 どれくらい階段を降り続けただろうか。外的刺激が完全に遮断された地下空間、暗闇の中では孤独の怖さが生々しくなる。闇に吸い込まれるように歩きながら、ソーラルは自ずと己の憂苦と向き合っていた。


 ソーラルは今まで、他人に近づかれ、優しく接触されたときに拒否反応を起こした。今までずっと一人でいられると思ったが、このような経験で孤独が嫌だと初めて感じた。


 得体の知れない敵と向き合う時に背中を押してくれる、あるいは庇ってくれる仲間がいれば何より心強いだろう。今日はあの変な飛行器械体がなければ、生き残ることもできなかっ多様に。


 歩きながら、方向感覚を失いそうになると、オンソロージーのかすかな点滅光に気がついた。思わず手を伸ばせば、灯りからぽかぽかとした暖かさが身体中に広がる。金属の物体にこんな人間らしいところがあるなんて意外だった。


 かすかな接触に安心感を覚えたソーラルは、静寂のせいか、無性に他の人間の存在を欲しがる気持ちを抑えきれなくなりそうだ。


 ふっと悔しさの涙がこみ上げる。


 過去を偲ぶ。


 糸島のひまわり回転自治体、ソーラルは十二歳だった。里親の母、ベリは彼をいつも褒め尽くしてくれた。ソーラルは数学が得意でテストの成績はとても良かった。


「ソーラルくんは本当に自慢の息子よ、部分集合がこの年齢で解けるはずがないって先生も言っていたわよ」


 ベリの優しい笑顔には好意と愛情がべったりと張り付き、そのまま大きなハグをしようとしたが、少年は凍りついた。


「離れて!……嫌だ!」


 ふいに我慢が爆発したのだ。冷めた表情で抱擁から逃れる。


「触らないで」


 と更に声を荒らげると、ベリの顔が衝撃で歪んだ。大きく見開かれた目は時間が止まったようだった。


 気まずさで、少年は家を飛び出した。情緒的な束縛が息苦しいのだ。好意的に扱われると、逆に責められているように感じる。押し潰されそうになり、解放されたくなる。


(相手にしないで、期待しないで、近づかないで。やるべきことはちゃんとやるから、どうか放っておいて、お願い……)


 一人になると、ようやく心が緩む。


「お母さん」


 と呟くと、視界が滲んだ。自分でも分からない、育ての母を本当は慕っている、だけど、近づいてほしくない。


 闇に包まれた通路を茫然と歩くライターズ候補は、蘇る過去の記憶の生々しさに囚われている。


 母という存在が身近に欲しいと、初めて思った。


 里親は優しくしてくれたが、それは教師のような関係でしかなかった。周囲の友達が実際の親と手を繋いで歩いているのを見るたびに、怒りと悔しさで歯軋りした。


 しかしいま、暗黒な空間の中に閉じ込められ、ソーラルは己の中に蠢く怪物の手綱を握ろうとする。


「愛されたい」「一人にしないで」という本音に、この暗黒の世界なら、羞恥心を捨てて向き合えるかもしれない。


「これは貴方のDesireだ」


 ふと、胸の中に声が響き渡る。五感が研ぎ澄まされ、視界は闇に慣れ始めている。


 誰かを必要とするのは弱さだと感じていたのかもしれない。誰かに褒められても、期待に応えられず、ガッカリさせてしまうのではないかと恐れていたのかもしれない。


 一人の時間が必要というのはおかしくない。自分の個性の一部だ。差し障りがなければいいじゃないか。でも、たまには誰かとチームを組んだら楽しいのかもしれない。自分の身体能力、感覚の鋭さと科学知識はきっと誰かに役に立つだろうから。


「これは貴方のAbility」


 おぼつかない足取りがしっかりとしはじめる。肺へ深く息が通り、新鮮な酸素で脳が冴える。抱えている石の重荷すら軽くなっている。


 暗黒の廊下を進む。遠くから繊維獣が暴れる音が近づいてくるが、先程までの焦りはなかった。急激に感覚が広がり、敵の様子が俯瞰しているように感じることができた。一体は本堂の門に巨体をねじ込み、もう一体は暗黒の光線をめちゃくちゃに走らせながら、境内で暴れている。あちらもソーラルの動きを察知し、地上から尾行しているようだ。


 どくん、どくんと心臓が早鐘をうつ。


 他者から傷つけられないよう、ぶつかり合いを避けてきた彼は、それだけではなく良い想い出や愉快な体験もできなかった。


 彼にとって恐喝は、己の存在を叫ぶための手段だった。怒りを抑えきれないだけでなく、他者の気持ちをゆっくり考えたこともなかった。


 彼の言葉を聞いたときの、育ての母の驚愕の表情。取り返しがつかないくらい傷つけてしまったと今ならはっきりわかる。


 逆に素直に己の気持ちを認めなかったからこそ、ずっとモヤモヤしていたかもしれない。


――――もう逃げたくない。何よりも、もし自分のことを大切にしてくれる誰かがいたら、苦しい思いをさせたくない。苛つく以外の自分を見つけ出したい。


「これは貴方のGrounds」


 オンソロージーSから振動が伝わり、再び記憶が蘇る。


 十三歳のソーラルは故郷の郊外にあるクレーターにこっそり忍び込んだ。段差を上手く身計らず、地面に膝をぶつけていた。


 涙を堪えて家に帰った彼は、傷の手当はなんとか自分で済ませた。気遣わしげなベリを、


「怪我なんてしてないよ、放っておいて」


 と拒絶した。


 本当は家族と共有したい、助けて貰いたいと思ったのに、なぜうまく思いを言い出せなかったのか。野生動物のように、不満げに唸ることしかできなかった。


 これからは己の感情を言葉の翼に乗せて紡ぎたい。自分をもっと理解するために他人に打ち明けたい。


(そのために、少しずつ、どんなちっぽけなことでもくだらないことでもいいから、口に出してみたい……変なやつと思われても、とりあえず言ってみよう、伝えてみよう)


「これは貴方のResponsibility」


 抱えている鉱石の表面に亀裂が走り、砕けた石の破片はぼろぼろと溢れる。


 やがて卵から生まれた雛のように、電球の形をしたファノースがソーラルの手にふわりと落ちた。ハロゲンランプタイプだ。電球は眩く輝き、全てを照らしている。光輪が一瞬でみるみる広がり、通路にも灯りがついた。迷路がなくなり、出口はすぐ目の前にあることがわかった。ライターズ候補はそのまま外にたどり着く。……心の旅も終わったのだ。


 電球をファノースに嵌め、チェーンを伸ばして首から下げる。ガラガラと外壁の煉瓦が崩れる音と振動。背後を振り返ると、脱出を察知した繊維獣二体が暴走してくるのが見えた。恐ろしさはない。己の弱さを知ることで強さが芽生えた。


 少年は手を空に伸ばし、ハロゲンランプを手にする。胸の奥から、ずっと知っていた言葉が込み上げる。


「Believe my light!!」


 瞬間、無数の光線の縒糸が現れた。

 燃え上がる服の上を舞い、まばゆいスーツと、プラチナの鎧、日神衣を編みこんだ。光が少年の肌を滑ると、傷も痣はたちどころに癒え、肉体がしなやかに成長してゆく。脚に逞しい筋肉が張り詰め、身体つきが勇ましいラインを描く。輝く光の帯が背中に黄金の翼となって広がると、太い脛をプラチナの軍足が覆い、足先でサンダルに変化した。

 髪に金色の房が混ざり、狐耳の毛色は濃くなる。毛並み豊かな尻尾も一段と艶を増す。瞳には炎が燃え上がり、思わず拳を握りしめれば、たくましい上腕に健力が漲る。


「……エンジン剣!」

 どうすればいいか、自然なもののように少年は知っていた。鎧の胸部に置いた拳をそのまま空へ伸ばすと、掌に柄が現れる。そのまま少年の身体を鞘にして、白熱の剣が引き抜かれた。

 柄と鍔との中央で大きなタービンのような古代構造物が、凄まじい速度で回転している。剣の刃の頭にハロゲンランプを嵌め込んだ。


「これが貴方の パルテノナ・フォス、Sagittaだ」

 内なる声がそっと教える。


「ああ、わかってる!」

 やんちゃな笑顔から鋭い犬歯が零れる。ソーラルの太い眉毛はきりりと引き締まり、瞳には自信の光が満ちている。


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