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Lighters of the Radiant Burst  作者: パントー・フランチェスコ
威嚇、助けてという絶叫
27/71

27.傷つけないで、愛さないで

 繊維獣の持つエネルギー源は、人類の技術をはるかに凌駕していた。ソーラルの研究によれば、あの機械体には原子爆弾に匹敵する破壊力が秘められ、しかもそれを一刻ごとに連鎖的に再現できるほどの熱量を貯蔵している可能性が高い。

 ――その脅威が、今まさに目の前で解き放たれようとしていた。


 ひび割れた天井から、半透明な瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。ソーラルは強風に煽られ、後方へと引きずられた。


「ちくしょう! この熱波に巻き込まれたら、骨も残らないぞ!」


 吹き飛ばされる中、瓦礫の隙間をかいくぐる。数メートル先へと転がるように落下しながら、必死に考えた。

(空気の摩擦力を増やせば、減速できるかも……!)


「そりゃあああ!!」


 ソーラルはアブレイズクロックを掲げ、周囲の灼熱の空気を一瞬で凍りつかせた。その力を利用して姿勢を整えながら、爆風と引力に抗い、再び地上へと弾き出される――長野県の森へ。

 ドゴォォォン!!

 施設が内側から爆発し、瓦礫を撒き散らしながら繊維獣が姿を現した。

 低木の枝に受け止められ、ソーラルは呆然とその巨体を見上げる。最善の注意を払っていたはずなのに、なぜこうなったのか。

 腕には瓦礫の破片が突き刺さっている。ズキズキとした痛みが意識を引き戻す。


「……くそっ、逃げなくちゃ……!」


 繊維獣は九十メートルを超える巨体を揺らし、無数のフィラメントをゆっくりと波打たせていた。その姿は、まさに悪夢の具現。

 目前には、原子宇宙から来訪した怪物。背後には、無人の原始林。

 生存の確率は考えたくもない。

 最悪なことに、雑木林は薄暗く、冠の星の光すら届かない。頼れるのは、奇跡的に残っていた一本の松明だけ。

 その時、繊維獣の体から放たれる光線が、黒と白の入り混じった不気味な輝きで森を染め上げた。

 ――どうやって戦えばいい?

 考える余裕もなかった。


「くそ、ここまでか……」


 目を瞑り、死を覚悟する。

 人は死の間際に走馬灯を見るというが、ソーラルにはよぎる思い出すらなかった。孤独な人生。自分の存在を知る者もいない。

 その事実に皮肉げに唇を歪めた――その時だった。

 まばゆい電光とともに、無数のナノマシンが突如として現れる。

 繊維獣とソーラルの間に忽然と浮かび上がり、ビービーと警告音のような耳障りな音を発しながら、オンソロージーSが滑空してきた。

 それは、ソーラルの頭上を旋回しながら降下する。


「え、こ、これって……」


 驚愕する間もなく、重い石が彼の元へと落ちてきた。

 ――報告書で読んだ、「戦士の定めの証」。


「じょ、冗談だろ!? 俺が、源生成選定候補者なんて……!」


 オンソロージーSが人語を理解するという情報はなかった。しかし、反射的に叫ばずにはいられない。

「……ってか、重っ!!」

 落ちてきた石の重量に、思わず体勢を崩す。それはまるで、この石に託された責任の重さを象徴しているかのようだった。


 ソーラルは、誰とも協力する気はない。

 彼は易怒性が強く、誰かに「必要な存在」として扱われることを恐れていた。親密さやスキンシップ――すべてが怖い。誰とも距離を縮めたくないし、誰かが近づくことすら拒絶する。

 その理由は、自分でも気づかないうちに根付いた思い込みだった。


 「俺みたいな人間は、どうせ愛されない」


 情緒的な束縛を何よりも怖がり、優しくされても素直に喜べない。むしろ、その優しさを受けることが間違いなのではないかと感じてしまう。

 傷つくことを恐れるあまり、親しみを見せる相手を攻撃したくなる。

 結局、「近づくな」の裏側には、「愛してくれ」の叫びが隠れていた。

 だが――今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 巨大な責務を押し付けられた彼は、喜ぶどころか逃げ出したくなった。

 いつもなら、そうしていたはずだった。

 だが今は――下手をすれば命もない。変局の時だ。


「くそ、どいつもこいつも……一人でなんとかできたのに……!」


 もはや、もたもたしている暇はない。

 南の森へ向かい、全力で駆け出した。繊維獣のフィラメントから滴る酸が、周囲の植物を次々と溶解していく。

 さらに悪いことに、瓦礫の山から別の巨大な影が現れる。

 ――複製繊維獣の原型となった「オリジナル」。

 それを見た瞬間、ソーラルの胃が縮み上がる。


「いよいよヤバい……一体でも無理なのに……!」

 脚力を頼りにひたすら走るが、今は重しを抱えている。

「くっ……重てぇ! これ、不利益しか見当たらないんだけどなぁ!!」

 とはいえ、情報源として捨てるわけにもいかない。戦う術のないまま、ただひたすら遁走する。

 そんな彼の背後を、オンソロージーSがぶんぶんと追従する。

「こんなの持たせるくらいなら、どこに行けばいいのか、何をすればいいのか……教えろよ、ちくしょう!!」

「オマエモウワカッテル」

「はあ!? ふざけんなよ!!」

 ナノマシンの群れが速度を上げ、警告音を鳴らしながら先導する。信じているわけではないが、今は、それに従うしかない。

 その時、進路を遮るように野生動物が飛び出した。

 敵意も露わにソーラルを睨みつけ、低くうなり声を響かせる。いつもの沈静化術が通用しない。グオオ!と牙をむき出し、猛烈な勢いで襲いかかる野犬を、間一髪で躱す。


「何だこれ、動物達と意思疎通もできないし、いつもより凶暴になってるぞ!」


 重い鉱石を抱えこむ彼を、オンソロージーが変形して盾として庇う。汗で濡れた背中に、冷や汗が流れ落ちる。

「サンキュ、お前ら思ったよりポンコツガラクタじゃなかったか。とにかく、逃げ切るまで頼むよ」  苦しそうな笑みを浮かべながらも、息は上がり、肋骨は激しく痛み出す。薄暗い森林の中を、必死に走り続ける。

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