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Lighters of the Radiant Burst  作者: パントー・フランチェスコ
威嚇、助けてという絶叫
23/71

23.長野県の森

 繊維獣撃退から三ヶ月が経ち、日本は真冬の入り口に立っていた。

 太陽消失以来、地球の気温は著しく下がり、一月の平均最低気温は約-10℃になる。


「はあああ〜! 生き返る!」


 ソーラルは疲れを癒やすため、雪の中の露天風呂に浸かっていた。


 彼は中山道を旅し、兵士が落としたラディアントオーアを探しては拾い集めていた。純度は高くないが、アブレイズクロックに接続し、装備の稼働時間を延ばすことができる。長野県の白駒の森を一人で歩き続け、装備も自分の体力も限界に達していた。その途中で見つけた白骨温泉に、一休みがてら立ち寄ったところである。


 ラディアントオーアは貴重な光源で、宇宙遠征でしか手に入らないため、都市部での使用が優先される。後回しになっている辺境地域は一般人立入禁止となり、更に過疎化が進む。温泉一帯も、大都市部の光もなく暗闇に包まれていた。無人の泡の湯旅館の看板は、苔に覆われ崩れかけていた。


 なぜそんな危険な地域をソーラルは単独で偵察調査を行っているのか。

 糸島大都会出身の彼は、十六歳ながらも数学と星幾何学の専門家だ。「汎光源形成特集班」の一員として光源の形成方法を探求しているが、コミュニケーションが苦手で、もっぱら単独でのフィールドワークと独自の研究に没頭している。


「はあ、極楽だ。こんな地域にまだ天然の恵みが残っているとは」


 と、湯の中で思い切り伸びをする。温泉で温まることがこんなにも幸せだとは思わなかった。筋肉がゆったりとほぐれていく。雪がしんしんと静かに降り積もる。


 ソーラルの今回の目標は、長野県の森林奥に隠蔽されている日本行政機関を特定することだった。


 汎光源形成特集班に隠れて、大間網羅世界政府のサウジアラビアと日本代理人の暗号化された通話をハッキングして情報を入手した。


 長野県の穂高岳北西の山脈に、礫原収納場と呼ばれる場所が存在している。


 公式にはラディアントオーアの低品質な資源の収納場所とされているが、内通者の存在も考慮し、ソーラルは別の真相が隠されている可能性を疑っていた。


 ラディアントオーア以外にも、地上の光源や、社会の繁栄に貢献できる発光隕石を見つけ出したいと考えていた。


 ナノマシン出現以降、行政の行動方針には疑問が生じており、大間網羅世界政府とSUBが宇宙人の協力を受ける理由についても疑念を抱いていた。切迫する概念侵食の脅威前に、猫の手も借りたいことは理解できなくもない。


 概念戦争。

 過去数ヶ月、光に次いで「水」や「順位」といった新たな概念も侵食されつつある。 あの変な機械に率いられて他銀河に光源を採掘するよりも、別の道を探りたい。礫原収納場は奇襲と関連があると直感していた。そうでなければ、わざわざ存在を秘匿し、通信を暗号化する必要などないのだから。


 ソーラルは遺伝子組み替えの少年だ。人工子宮から生まれ、糸島の孤児施設で育った。遺伝子組み合わせの医療が人間に認可されたのは2600年。背景には天の川銀河の植民地化があった。


 光の概念侵食により、南日本では多くのトラブルに見舞われた。突風、急激な気温変動、地盤崩落、異常気象が、上層民も下層民も苛んだ。この厳しい気候に適応するため、研究者達は人間と動物の細胞を組み合わせることを提案した。霊長類に備わっていない細胞を導入すれば、新しい能力と環境適応力を獲得できるとわかったのだ。


 遺伝子組み替えの子供達は実の親を持たず、人工子宮から生まれる。先進的な人工子宮はバイオリアクターと連動し、胎児に必要な栄養と酸素を提供する。


 ソーラルはその中でも特別で、混じった動物の細胞から、カーネリアン色の狐耳とふわふわの尻尾を持っていた。侵食の印に耐性を持つ良体だった。しかし、こうした子供達は疎まれることも多い。ソーラルは「実母実父」こそ知らないものの、優しい里親に恵まれたので幸運だったと言えよう。


 周りから意地悪されたことはないのに、しかし彼は疎外感を感じていた。

 明らかな見た目の「差異」を感じることが多かったからだ。

 「耳と尻尾を触らせて」などと伸びてくる手を不快に感じ、接触されるのではと緊張していた。嫌がられるのでは、不快感を与えるのではと心配に囚われ、口数が少なく、怒りっぽく見られることもあった。彼にとって一人の時間こそが癒やしだった。


 森に暗闇が落ちてきた。


 ラディアントオーアを残したお陰で、鉱石のカケラが点々と輝く。ソーラルは湯気で肺をいっぱいに満たし、

「ふあぁ~、永遠にこの自然の天国で過ごせたら……」

 と名残惜しくあくびをする。


 過疎化エリアには野生動物が大量に生息しており、生存スキルがなければ一人で深入りするのは推奨されない。夜は動物達の時間だ。ソーラルはある程度動物と意思疎通ができる。威嚇されても、鳴き声を真似ることで沈静化できるが、備えは必要だ。


 ソーラルは重い腰を上げ、湯船から上がると、辺りを注意深く見渡した。ルビーの瞳の中に白点が輝くのが印象的だ。十六歳としては体はかなり鍛えられ、厚い胸板と腹筋が寒さで引き締まって見える。裸の上半身の傷跡はやんちゃな過去の名残だ。


 濡れた肌に厚手のシルバーのボンバージャケットを羽織る。サバイバルリュックの中身を点検し、ミネラルバッテリーで充電したアブレイズクロックを装着する。


「目的地は近いな。天気が荒れなければいいけど……」


 温泉に後ろ髪を引かれながらも、少年は吹雪に向かい再び歩き出した。

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