22.日本宇宙ステーション光宮小野寐での新生活
「それでは改めて、ご紹介させていただきます! ここが繊維獣対策特別措置法に基づく特別住宅施設となります。日常生活はもちろん、ライターズの特殊なニーズに合わせた生活を送れまーーす。訓練施設も設備されており、模擬戦闘、ウェイトリフティングなどの基礎身体訓練、水泳などの有酸素運動だけではなく、なんと! 心の訓練も含まれています。ライターズの心の安定さは光源の強化、従って、戦闘能力の向上につながります。まずお互いの戦闘時の協調力を深めるために以心伝心を促す特訓もあります。私はコンベイユアハートプログラムと命名しました! 素晴らしいでしょう?!」
喋りながらヒートアップしたのか、一瞬キャラが元に戻りかけた水森補佐はクォーツリナの殺気溢れる視線をキャッチし、咳払いで気を取り直す。
「―――で、今後の戦いにおいて概念侵食フィールドに閉じ込められている間にお互いに意思疎通が取れない可能性も予想されます。また研究データの十分な裏付けはないですが、己と相手に信用できる心が育てば、ファノースとパルテノナ・フォスに注げる光……つまりライターズの攻撃力が増幅します。皆さんご存知の通り、光の概念は侵食されました。つまり存在論的なレベルまで根こそぎ奪われているはずです。だがラディアントオーアはこの概念の抹消現象からスペアされています、その探究も含めライターズの役割です」
「やればできるじゃないですか、水森補佐。補足事項ですが、繊維獣は私達が普段馴染んでいる通常物質とは無関係な存在です。簡単に言うと私達の世界と違う概念の世界と接しているようなことになります。常に虚無に帰するリスクのある戦いと言っても過言ではありません……。概念の哲学的な実存の否定事象が起りえます。水森補佐、話の続きをどうぞ」
二人のライターズは輝く己のファノースを見つめる。ガラスの下の電気の糸が脈動しているのが、改めてわかった。規則正しい感触から得られる安心感。なぜ自分を信じるべきなのか、なぜ自分は成長したいのか、人間として己の夢を成就したいのか、思い出し刻み込まれるような、不思議な感覚だった。
クセソーティアソはそっと隣のラックーサの顔色を伺う。彼女の生真面目な表情には責任感がはっきりと浮かんでいた。
彼はどちらかというと好奇心という衝動にかられてしまう。違う世界を見て。異なる文明と交流したい。その過程で、己という存在を確かめたい。果たして、彼女とうまくやっていけるだろうか?
「さて、ステーションでは、課題の時間以外は自由に過ごして構いません。但し、地球外生命体が接近もしくは繊維獣の現出化を意味する警報が鳴った場合、ライターズにアブレイズクロック経由で強制召集がかかります。よろしいですか? いつ概念は侵食されるかは不明ですが、地震予報と似たような形で、奇襲の三分前に概念侵食エリアつまりグラウンド・メタの推定座標を速報で送ることは可能です」
やはり堅苦しい雰囲気は水森補佐に似つかわしくない。アダマンティヌースは咳払いする。
「暗黒エネルギーと暗黒物質に、繊維獣は親和性を示しているらしい。これらは通常の物質とほとんど相互作用せず、光学的に直接観測できない。我々の銀河には通常測定できないものだ。奇襲と共に、地球上で観測不能なエネルギー源の急激な上昇が感知されたら、話は簡単だろう。出向の際、宇宙船シャトルが搭載された航空母艦デックに即時集合してくれ。そこから場合によってはエリアまで飛翔する。オンソロージーの瞬間移動に頼るかもしれないが、彼らは気まぐれだからな」
「飛翔って」ライターズの二人は口をあんぐり開ける。
「その時になればきっと飛べます!」
水森は真顔で断言する。そもそももう一度変身できるのか自信がない上に、侵食エリア以内で行った「飛翔」はどちらかといえば「空中に格好悪く漂う」ものだった。
「まあ諸々やりながら向き合いましょう。新たな仲間が現れるのかも全くわからないですしね……人数が増えたら心強いですが……確実なのは、今後も人類の生命と文明の存続に関わる軸的な概念が狙われるはず。物理的な攻撃ではないです。くれぐれも留意してください」
クセソーティアソはごくりと息をのんだ。空気が重い。
一方で、これから新しい仲間と新しい人生がスタートし、新しい一面と向き合える自分を育てるという希望もあった。
「皆、今日は大変お疲れさま。ただ、休む前に俺の最後のアドバイスだ。敵は魔法使いではない。人間より、技術が著しく発達している文明の生物に過ぎない。このレベルのエネルギーを扱う文明の倫理と道徳は、私達の理解の範疇を遥かに超えている可能性がある。つまり残忍に見えるから本当に悪なのだろうか。疑問を忘れず、くれぐれも人間味を持って接してくれ。どうせ神というのは人間よりエネルギー資源を容易に操作できる生き物に過ぎないのだから」
エニグマに包まれたアダマンティヌースのセリフで、その夜のミーティングは終わった。
クセソーティアソとラックーサは、修学旅行中の学生のような気持ちで、各々の寝室に向かう。少なくとも今夜は疲れすぎている。ぐっすりと眠れるだろう。