21.光と星の原始的力
東京湾に聳え立つ宇宙エレベーターCassinus Dominiは、「象牙の塔」とも呼ばれている。二七〇〇年代相当の地球1の技術の粋を結集した鋭いデザインで、白い大理石と弓形のチタニウムの反復した構造が、大気圏を貫通するまで何度も繰り返されており、まるで解体されたマトリョーシカ人形のように見えた。しかし、大黒災後の一〇〇年間の暗黒時代による手入れ不足や劣化の痕跡も見られ、その見すぼらしさと最先端の技術が不可思議な組み合わせとなっていた。
エレベーターの扉には神話を語る不可思議な象牙のタペストリーが刻まれていた。そこには、暗い宇宙と銀河達を松明で灯す無機質な神が描かれている。
クセソーティアソは子供の頃に母が読み聞かせてくれた、天上の火を盗み人間に文明を与えたプロメテウスの伝説を思い出した。
アダマンティヌースの操作で、重々しい扉が開く。
「皆手すりにしっかり捕まってくれ、いよいよこれから三〇〇〇km/hで上昇する。気持ちが悪くならないコツだが……壁に設置されているクッションにしっかり頭を当てて、上をずっと見つめてくれ。ゲロまみれにならないようにな」
「えっそれってーー!」
意義を唱えたかったクセソーティアソはエレベーターの起動によりすさまじい圧で壁に押し付けられた。急速に垂直方向へ加速し、大気圏を突破していく。五人の目の前に広がるのは、息をのむような眺望だった。
丸い地球が視野の下半分を埋め、その上には光の冠、地球の光輪、そして羅列太陽系の力強さと美しさが広がっている。これらの小さな人工的な星々が、冠の星と呼ばれている意味が、一目瞭然だった。
エレベーターが減速し、鉛直方向の慣性力が緩み、体重感覚が緩和されてから、ようやく四人は自由に動けるようになった。
アダマンティヌースはクセソーティアソの隣にくると、分厚い窓から外を眺めた。
「この偉業が誰によるものか、知る者はいない。自然現象との仮説もあるが、光を放つ小さな太陽は通常、重力に引き寄せられるはずだ。しかし、よく見てごらん。少年。お互いの重力フィールドを無視し、均等な距離で配置している。本当に数珠みたいだ。この画一さは素晴らしい……」
威厳のあるアダマンティヌースの瞳に少年のように無垢な宇宙への憧れが輝いて、クセソーティアソは思わず笑みがこぼれた。
「なあクセソー君。君はスラムが恋しいかね、というか、嫌にならないのか。あそこに暮らす人々と再会したいと思うかい? 」
ふいの挑発、あるいは揶揄い。ライターズの胸に怒りが募った。
「隊長には家族がいないんですか? 大事な人達に会いたいって決まっているでしょう、それより、なぜ上層民は侵食の印をなんとかしないんですか!」
アダマンティヌースは悲しげに俯いている。拳を窓に叩きつけ、何か、言葉にできない喪失に苛まれているようであった。
「ああ、その通りだ。己の利益のために差別を繰り返す上層民には、本当にヘドが出る。……信じてくれ、俺は君の味方だ」
「はい。俺は絶対ルチア達に光を届けたい。闇を照らし、肌を温める光を。繊維獣から光の概念を取り戻せれば、チャンスがあると信じています」
「はははは、良い心持ちだ。意外と楽観主義だな」
クセソーティアソは窓にふぅっと息を吹きかけて、その曇りを眺めた。
「とにかく、人類の概念を狙う敵はすべて倒せばいい! どの生き物や文明も犠牲にしても、俺達は宇宙の居場所を守らないと……」
今は儚く信じる心にすがりつくしかない。
数分後、エレベーターは日本宇宙ステーション光宮小野寐にドッキングする。
五人はステーションに連結している住宅設備へ進む。その建物は丸いペントハウスのような作りだった。
「うわあ……!」
二人のライターズが最も感激したのは、全ての壁が窓となり、どこからでも漆黒の宇宙を鑑賞できることだった。
時代の宇宙は星々の光が完全に消え去ったかのように見えたが、唯一残存した光、点々と輝く小さなラディアントオーアが各惑星に散りばめられ、水玉模様を描いている。真っ暗な夜の航路を示す道標となる光のようだった。
飽きるほど宇宙を眺めてから目を移せば、住宅施設は、清潔で簡素なごく近未来的な内装だった。不自由はなさそうだとほっと息をついたその時、
「おかえりなさーい!」
シュッと蒸気を吹きながらドアが開き、 眼鏡姿の水森が元気に現れる。
「やっほー諸君! 住宅施設へようこそ! 本日より栄養、睡眠、衛生、精神的身体的な訓練、全部オールインクルーシブ、至れり尽くせりのサービスを提供しちゃいます、地球1−2合わせて最も優秀な秘書、水森にお任せくださーい!」
踊りだしそうな勢いでポーズを決める水森。クォーツリナは微笑みを浮かべているのに、その背後からは隠しきれない怒りが滲んでいる。
「----水森さん、この任務はかなりの責任がありますので、ふざけないでいただけますか? スケジュール管理などは後にしてください。到着したばかりで、二人はまだ疲れているでしょう」
これみよがしなため息。真面目なクォーツリナと演出過剰な水森補佐、二人の相性が悪いのは一目瞭然だった。ライターズは内心冷や汗を浮かべる。
「すみませーーーん、皆を元気付けたいという優秀な秘書ならではの心配りだったんですが……ご理解いただけないようなので、トーンダウンしちゃいます? 」
「早くライターズの皆様に住宅生活の注意事項、基礎ルールと警報が鳴った時の正しい行動など簡潔な説明をしてください」
クォーツリナは被せ気味な勢いに、微笑みの圧を加え指示を出す。
「もちろん、お任せ!……えーと、任せてください」