19.心を撫でる戦士
ラックーサは力強く空中の透明な階段を駆け上り、繊維獣の真下へと向かう。
概念フィールドの衝突に生まれたバリアの亀裂は今にも砕けそうなほど拡大している。
ラックーサはネオンライトの戦士に向かい、哀しげな微笑みでこくりと頷く。少年は嫌な予感を抱いた。
彼女は魔槍で抵抗しながら落下する怪物に今にも潰されそうだ。重力と巨大な質量に圧され、二体は成す術もなく墜落している。
(何やってるんだ!)
クセソーティアソは慌てて、彼女のところに行こうとするが、先程の約束が頭をよぎった。私に任せて、という彼女の微笑みも。
(……あの子を信じなくちゃ)
そして何よりも、自分の役割を果たさなければいけない。
「反射心累光!!」
知らず口から紡がれた呪文に応じ、 パルテノナ・フォスの杖から大砲のような光弾が放たれる。冠の星の煌めきを撒き散らしながら、次々と発射された光の束は空中で縒り合わさり、地上にいた一般人と兵士達を囲む光の檻となる。
(よかった、これで少なくとも皆は守ることができる)
上空では揉み合う二体の落下速度が加速する、しかし何を思ったかラックーサは自らより先に下降しようとする。
「何を考えているんだ!」
少年の焦燥をよそに、少女はパルテノナ・フォス を捨てて態勢を変えると、両腕を空に広げる。まるで、繊維獣を抱きとめようとしているように。
「ラック―サ!!」
繊維獣は思いのままに順位を変えるようであれば、彼女はやっているのはただの自滅行為だ。
「ーー全ては計算済みよ」
繊維獣は今、順位の概念の侵食を止められない。大きくダメージを負い、最後の一撃に全てを賭けているのだ。順位を正常通りにすれば瀕死状態の怪物は滅亡してしまう。
一瞬の出来事だった。
彼女は腕を広げたまま、母性に満ちた動きで怪物を我が子のように受け止めようとする。接触。一瞬で世界を白昼に変える程の光が炸裂する。そして欠片となって周囲に爆散する。
時空がねじれたのか、クセソーティアソが見た幻だったのか。
爆風に麻痺した視野が回復すれば、ラックーサはを空を抱いたまま、真っ暗な空中に浮流している。
繊維獣は中央通りの地面に倒れ、活動を停止している。
新・新秋葉原の空にかかった靄も散々に消失しており、羅列太陽系が肉眼で視認できるようになっていた。
間違いない、概念侵食フィールドが消失したのだ。
プリズ厶に輝く欠片が舞い散る秋葉原の中央通りの戦場に、ラックーサは女神のように降り立った。
着陸する瞬間、目眩とともに倒れそうになった彼女を、少年は慌てて受け止める。彼女の変身は解け、光の粒子は小さな体に合った布へと型どられる。
「終わったの……? 私達、皆を守れた? 勝ったの? 」
睡魔でいまにも閉じそうな瞳を必死に開きながら、少女が囁く。
「ああ、全部君のおかげだ、君って本当にすごいよ!」
「良かった……」
クセソーティアソの腕の中で、少女はそのまま安心したように意識を手放した。
「セクハラ警報!ラックーサちゃん、大丈夫ですからね!!」
ーー戦いを終えた戦士達の美しい光景を、新品のスーツを抱えた水森補佐が慌てて駆け寄って台無しにしたが。
長い戦いだった。それを癒やすための睡眠が必要だった。
ラックーサは目を覚ますと、低く心地良いエンジン音に包まれながら、どこかへ移動中だった。車内にはクォーツリナ、アダマンティヌースとクセソーティアソがいる。
眠たい目を瞬かせ、磁気浮上式の飛翔機の斬新な内装を見やり、これは通常のワゴンライトではないことに気付いた。
「あーー! 目覚めたね、お嬢さん。素晴らしい戦いっぷりでしたね。人類の代わりに感謝を伝えたいです」
賑やかな声に、これ以上寝たふりはできそうもない。
「初めまして、私はクォーツリナと言います。SUB幕僚長です。これから、クセソーティアソ君色々教えますね」
「は、はい、初めまして…… 私は…… 」
ラックーサは戸惑いながら言葉を探す。
「無理せずに、ゆっくり休め。大変な戦いを経てきたんだ。ゆっくり話そう。私はアダマンティヌース、LDC隊長だ。クォーツリナ博士と連携し、君達をサポートするから、遠慮せず話してくれ」
「はい、わかりました。みなさんにお会いするのは光栄です。あの、私……」
「あはは、大丈夫! そんなに畏まらないで、俺達今日は本当にめちゃくちゃ頑張ったんだから」
ネオンライトの戦士は彼女に満面の笑顔を送る。
「ありがとう、クセソー君……」
ラックーサは安心のため息をつき、ふと自分が着ている不慣れな軍用ボディスーツに手をやった。肌にピッタリとフィットし、ガラスの破片が縫い込まれているような作りだった。
「これはラディアントライトスーツだよね? テレビで見たことがある!」
「ああ、その服ね。ひどいわよね、ライターズの変身って解けたら、元の姿に原状復帰せずに、丸裸になっちゃうの。変身前に着ている服装は変身プロセスの際に燃焼しちゃうらしいのよ!」
絶句するラックーサを尻目に、水森補佐は真面目顔でとんでもない事実を暴露する。
「はぁい、びっくりしたところで、私はライターズの専用アシスタント水森補佐でーす! 今日からよろしくね、ラックーサちゃん!」
いつものように大げさな身振りでウインクをすると、ラックーサは笑いを押し殺せなかった。こんな風に心から笑うのも久しぶりだった。クセソーティアソが割り込む。
「ちなみに、良く見るとあれは裸じゃないよ。あのナノマシンは変身が解ける時に、光の粉をばら撒いて、その光のスーツで体を保護してくれるんだ! よくわからないけど、傷も癒してくれる気がする!」
フォローになっているのかいないのか、ラックーサは引き攣りながら、窓の外の見覚えのない風景を見やる。
「ところで、どこに向かっているんですか」
「イグナイト東京湾です。そこから宇宙エレベーターを利用して、日本宇宙ステーション光宮小野寐に向かう予定です。そこがライターズの拠点になるのよ」
「え! 宇宙遠征に出るんですか!? 」
本当についさっきまで、一人ぼっちの部屋で泣いていたのに。あまりの急展開にラックーサは頭が混乱する。
(……でもね)
決めたのだ。この予測不可能なカオスを、楽しむと。




